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2012.04.08

サクラの、チカラ。

20120406この週末はサクラが満開。 都心からの帰途、上野公園を歩いてみると、巨大な雲のような花の固まりが夕空に浮かんで見事だった。 思い起こせばちょうど1年前。 震災や原発被害で叩きのめされた日本人を最初に慰め元気づててくれたのがこのサクラだったのではないか。 この春の花はココロに“加速度”を与えてくれるようで、やはり格別な気がする。
上野の山にはテレビ局のカメラがいくつも入っていたし、「桜前線」や「開花宣言」といった言葉とともにその様子をメディアで伝える行為自体、この花が特別であるゆえんだろう。
植物としてのサクラは地球の北半球に広く分布しているそうだ。 ヒマラヤにもヨーロッパにもサクラがあって、そして誰もが花好きなのに、サクラが咲いたからといって飲食物を携え、大勢で出掛ける「花見」の文化は日本にしかないらしい。 なぜ日本人はそうまでしてサクラにココロを捧げるのか?
今朝の朝日新聞に載っている国際日本文化センターの白幡洋三郎先生のコラム「なぜ花見をするのか」が面白い。 桜と日本人との関係をテーマとする著書をいくつか挙げてその問いに答える内容だが、この「なぜ?」の問いに一部答える見解を出しているものとして、植物学者・中尾佐助の『花と木の文化史』(岩波新書 1986年)を紹介している。 それによると、「西洋文化の花の美学はだいたい本能的美意識」による。一方日本では、「学習による文化的美学」がはたらくからだ、と。
たしかに、小学校の入学は満開のサクラに迎えられ、国語の教科書にはサクラを愛でる一文があったような気がする。 図画工作の時間にはサクラを写生し、巧く描けたら先生が「よくできました」と書かれたサクラのスタンプを押してくれた。 “人生のお勉強”開始時期の折々にこうして「サクラ」が刷り込まれてきたことは、日本人のサクラへの特別な思いと無関係ではなさそうだ。
小学生の時分ならずとも、新年度の始動とともに一斉に咲き、新たな気持ちをさらにポジティブにさせてくれるパワーが、そんな理屈を超えてあるようにも感じられる、不思議な植物だ。

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