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2011.05.08

毒ガスとウサギの、島。

PhotoPhoto_2この連休。 10月に予定の写真展に向けた取材撮影も兼ねて、瀬戸内の島を独りでブラリ旅。 テーマはまだ絞りきれていないが、日本中に散らばる「島」に素材を求めた画づくりと構成をもくろんでいる。

今回訪れた瀬戸内の島は3つ。 塩飽本島(しわくほんじま)、走島(はしりじま)、そして大久野島(おおくのしま)。 数多くの瀬戸内の島の中からその3島を選んだのはまったくの気まぐれだが、それぞれがまるで成り立ちの異なる島であることを知っただけでも、旅の収穫が大いにあったように思う。 そしてその中でも特異な歴史と特長を持つ大久野島をご紹介。

大久野島は広島県・呉線の忠海(ただのうみ)沖に浮かぶ、周囲4キロほどの小さな島。 この一見平和そうな島には住民が一人もいない。 それは、旧日本陸軍が島という地理的な条件に注目して化学兵器の生産拠点として活用していたことに由来する。 ここで生産された毒ガス兵器は実際に中国戦線で使われたとそうだが、そうした事実は1980年代まで厳重に秘匿されていたらしい。 実際に島内を歩くと、発電施設や毒ガス貯蔵庫といった往時を偲ぶことのできる遺構がそのまま残っている。
一方、この大久野島は「ウサギの島」として人気を集めている。 島の中いたるところに野生のウサギがいて、元気に暮らしているのだ。 1970年代に島外の小学校で飼育されていたウサギが島に放されて野生化し繁殖したとかで、今では300羽にまで増えているらしい。
ウサギと言えば平地でおとなしく飼われているというイメージを思い浮かべるが、この島に住む野生のウサギ君たちは至ってパワフル。 山の急な斜面を凄い速さで飛びまったりで、呑気なネコなんかよりも余程すばしこいという印象だ。

Photo_3Photo_4Photo_6この“毒ガス島”には戦争が終わって70年近くが経つ今も、猛毒の砒素(ひそ)を含む立ち入り禁止区域があるとか。 穏やかに広がる瀬戸内の青い海に浮かぶこの小さな島に暮らすたくましいウサギたちを眺めていると、人間の“ダークサイド”とのコントラストに、「島」というものの深さを想う。

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コメント

瀬戸内海

 昔、中国の使節が瀬戸内海を航行し、川と勘違いしたというおもろい話があります。彼らの国の長江や黄河はけた外れですからね。

 毒ガスと兎の島が有ることを初めて知りました。日露戦争の時に砦を築いたのが始まりだそうですね。きっと戦国時代やその昔は、海賊が跋扈する場所だったんでしょうね。

 わたしも瀬戸内海の島に興味があり、本当は今月末に行く予定でしたが、予定を変更しスリランカに行く事にしました。

 私が注目しているのは、生口島です。魏志倭人伝に登場する卑弥呼が中国皇帝に献上した奴隷=生口と同じ名前なんです。当時の奴隷と言えど、中国皇帝が欲しいのは海の漁業や航海や船の建造に関する専門技術者や水人や海女さんだったと思います。

 秋の写真展楽しみですね、私も済州島とかスリランカとか島を取材しています。

投稿: jo | 2011.05.09 10:51

joさん。コメントありがとうございます。

瀬戸内を旅しているとき、中国大陸から「黄砂」が飛んできて、あいにく対岸が見えませんでした。瀬戸内の海を流れる海流は、まさに川の流れのようで、いにしえの中国人が瀬戸内海を大河と思ったのも頷けます。

今回瀬戸内海の3つの島に渡りましたが、それぞれまったく個性が異なっていて、さらに「次の島」へ行ってみたい衝動に駆られます。
驚いたのは、人口数百人の島に、とても立派な小学校や中学校が建っていたり、ATMがふつうに設置されていたり。
島には高齢者が多く、そんな人たちがナンバープレートのない軽自動車やスクーターに乗って、逞しく暮らしている光景も新鮮に映りました。

生口島にも興味あります。
瀬戸内の島を少しずつ探索してみたくなりました。
あと行ってみたいのは鹿児島県の甑島です。

zap

投稿: zap | 2011.05.10 22:23

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