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2011.03.13

人間の、非力さ。

Photo1回目の揺れが来たときよりも、その直後の2回目の大揺れが本当に恐かった。 金曜の地震があったときは秋葉原駅前にある会社の自席でパソコンをたたいていたのだが、事務所8階の窓の外を見ると電柱や街路灯の柱が今にも折れそうな勢いで揺れていて、多くの人たちが駅前のロータリーで呆然と立っている。 2度目の揺れが来たときは、さすがに床にへたり込んでしまい、事務所ビルが壊れずに、揺れが収まるのを待つしかなかった。 数分後、パソコンのニュースで東北地方で震度7との速報。 一瞬、阪神大震災時の同じ震度に、神戸の惨状が思い出された。
帰宅の唯一の手段であるJR線は、運行を早々とギブアップ。 スグ近所のビジネスホテルを探したが、電話は使えず、ネットからも宿が見つからなかったのだが、あれこれ検索しているうちに、ウィークリーマンションの一泊売りというサービスがあるのを発見。 日暮里駅近くの施設にネットから予約を入れ、金曜夜の寝床はなんとか確保。
Cd翌朝はようやく常磐線が動き出したというので日暮里駅へ行ってみると、大勢の人で溢れ、電車は土曜の朝と言うのにスシ詰め。 走行も普段の半分以下のスピードになり、下車駅まで通常30分そこそこが2時間近くの長旅に。 やっとの思いで自宅へ帰り着くと、両隣の家の外塀が完全に倒れ、道は液状化現象で泥だらけになっていた。 部屋の中では、CDや本を納めている3つの棚が完全に倒れ、中身が部屋中に散乱し、この週末は自宅の片づけに追われるハメに。
Noaaしかし、時々刻々TVに映し出される東北地方の惨状は“災害”という在り来たりな言葉を遥かに通り越す悪夢の光景としか思えない。 恐ろしかったとは言え、自分の身に起こった地震体験は“日常”の域をまるで脱していない。 普通に暮らす日本人を襲った有史以来の災厄によるこの“カタストロフィー”を目の当たりにするとき、人間のあまりの非力さを、思わざるを得ない。

写真上から
■地震直後の事務所の窓から眺めた秋葉原駅前。歩行者が呆然と立っていた。遠くには火災の煙が。
■自宅ではCDが散乱!
■米海洋大気庁(NOAA)が作成した今回の津波の高さを示すCG。東北地方を目掛けて巨大津波が襲ったことがよく判る。

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