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2011.03.27

10アンペア生活。

Photo“エコポイント”に促され家電製品をせっせと買っていた平和な光景が随分昔のことのように思える。 大地震をきっかけとした大津波や原発事故という災厄の連鎖は、放射能汚染と電力供給の大規模停滞というまさかの事態を引き起こした。 ただ、起こってしまったからには、原発のトラブルがこれ以上悪化しないようプロの仕事に期待するとして、ワレワレも可能な限りの節制生活をして打開の一端を担っていきたい。
「シーベルト」や「ベクレル」といった耳慣れない単位がメディアに登場しているが、フツーの人間がまず気に掛けたい単位はお馴染みの「アンペア」。 ワタシは今回の計画停電が喧伝されて初めて自分の家の契約アンペア数を知ったほど、日頃電力使用量など気にすることなく呑気に暮らしていた。 それが今回の節電モードになって、一気にアンペア値を気にしつつ電気消費量を抑制する生活に突入。
思い起こせば、小学校に通っていた昭和30年代。 六畳と四畳半二間に4人の家族が住んでいた我が家の契約アンペア数は10アンペアだった。 今ではエアコンや電子レンジをひとつでも動かせばアウト!のこのリミット数値を、当時は家族全員が知っていて、電熱器などを使うときは、可能な限り周りの電気器具をオフにして1000ワットを超えない配慮をしていた。 さらにその頃は今と違い電力量制御の仕組みはブレーカーではなくヒューズ。 一旦飛ぶと暗闇の中でヒューズを取り替えるという“難工事”が待っていたため 自ずと電気使用量の上限に対する緊張感がいつも漂っていた。 が、その当時、家の中が暗かったかというと、けしてそんなことはなかった。
翻って今。 二人暮らしの我が家の契約アンペア数は50アンペア。 無論、日頃はムダな電力を抑えるよう気遣ってはいたが、消費量の上限を気に掛けるような生活スタイルは、遠い昭和時代に置き忘れていた。
福島原発の危機がまだ鎮まる様子はないが、原子力発電所なる文明の利器がなかった当時の日本は、世間全体がエネルギーを抑止しつつも、暗くなることなく日々を過ごしていたように思う。そして今、原発の存在自体、そしてワレワレの生活スタイルそのもののリセットが必要なのかも知れない。

Photo_2【写真上】昭和30年代の我が家のテレビ。 真空管式のため結構な消費電力だった。
【左図】「エネルギー・経済統計要覧」から示された発電施設設備容量と最大電力の関係。 原発なしでも停電しないとしている。

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コメント

テレビは美智子さんの結婚式の模様やね

 テレビの上に敷物を敷いて、花瓶を載せて、まるで祭壇やね。何処の家もこんな風景でしたね。

 昔はブレーカなんて無く、ヒューズでしたね。思い出しましたよ。懐かしい、ただ、50アンペアはでかいよ、30アンペアぐらいに契約を変更したら、維持費が安くなるんと違う?

投稿: jo | 2011.03.29 06:57

joさん、こんにちは。

ご指摘どおり、この写真は昭和34年4月10日の「ご成婚」中継のときの我が家のスナップです。
当時はテレビが一番いいところに鎮座していましたね。観ないときは前面に幕を垂らしたりして。

確かに50アンペアは大きすぎかも知れません。
基本契約料も50アンペアで1417円、30アンペアで850円だそうで随分違います。

zap

投稿: zap | 2011.03.29 22:27

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