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2011.01.16

なんでもアリの、ニッポン。

Photo正月気分の抜けかかった日の夕刻。 たまにはと思い、浅草をぶらり歩いて馴染みの呑み屋にちょい寄り。 この店では年末年始は灘の銘酒「白鶴」の一斗樽を店先に置き、枡酒で呑ませてくれる。 木の香のする冷や酒を、粗塩を含ませながら味わう、といういかにも日本風の流儀。 文字通り“風流”という、よくよく眺めると意味不詳の熟語の言われに思いを巡らしながら、久々に日本酒でいい気分になる。
呑み屋の品書きに目を遣ると、定番のビールはじめ、件の日本酒、焼酎、ワイン、ウィスキー、浅草ならではの“デンキブラン”などなど、そのバリエーションは豊富だ。
この手の呑み屋、あるいは酒屋に入ってよく思うのは、日本で供給される飲み物の多種多様さだ。 日本酒や焼酎の半端ではない銘柄の多さに加え、大抵の店には様々な種類のビールやワイン、ウィスキー、その他大勢の“洋酒”の数々が、ごく当たり前に並んでいる。 さらに最近では、いわゆるビールテイスト系や、各社アイデアを競った“雑酒”系の商品も溢れんばかりだ。
ワタシは海外経験は殆どないが、おそらく諸外国でこれほど洋の東西の飲料・酒類を普通にずらり揃えた国はないのではないだろうか、と思う。しかも、それを呑む我々も、日々気ままに飲みたいものを呑んでいる。 要は「なんでもアリ」の様相。

そんなことを思いながら、2~3日前の日経新聞に掲載された「経済教室」、編集工学研究所の松岡正剛氏による『平城京モデルに学べ』と題するコラムを思い出した。 奈良県が平城遷都1300年記念事業の総仕上げに国に手交した「平城京レポート」のダイジェスト記事。 日本が1300年前に東アジアの社会文化を平城京に集約したモデルを今日どのように生かしうるのか、というレポートだが、その中に面白いクダリがあった。
漢字文化圏や仏教文化圏が多重に組み合わさる発信源となった平城京モデルからは「和魂漢才」という方法が生まれ、建築から茶の湯、尺度から浮世絵、門前町から商人の工夫まで及んだ。 その後はそこに「和魂洋才」や「亜魂和才」が混入しながらも、なおホテルと和風旅館、洋画と日本画、多国籍料理と日本料理の、西洋医学と漢方の、マーケットでの併存として今日に至っている。、つまり、1300年前の日本で確立した“文化集約モデル”が、今日の日本の“品揃えなんでもアリ文化”のオリジンなんだそうだ。

キリストさまの誕生日をひと月近く祝い、初詣は神社でも寺院でもOK。 酌み交わすお酒の種類は、星の数ほども。。 ワレワレ日本人のなんでもアリが際立つ年末年始気分もそろそろ薄れ往く、1月の半ば。

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