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2010.09.11

ビル・エヴァンスのこと。

Photo_4これは1980年9月24日開催のビル・エヴァンストリオの大阪・サンケイホール公演のチラシ。 ジャズピアノの巨匠として日本でも人気絶大だった彼は、同月20日からの2年ぶり5度目の来日公演を控えていたのだが、残念ながら既にそのとき彼はこの世にはいなかった。
ワタシは当時大学の3年生で、たまたま神戸に帰省していたので、LPレコードでよく聴いていたビル・エヴァンスが初めて生で聴けるとあって、そのライヴ公演をとても楽しみにしていた。 が、その来日目前の9月15日に、ニューヨークの自宅で潰瘍を患い51歳の若さで急死。 9か所で予定されていた日本公演はすべて“幻”となり、ワタシの手元にはこのチラシだけが残った。

今月15日はビル・エヴァンスの没後30年目とあって、その復刻盤CDがここにきて随分売れているらしい。 ジャズの定番中の定番と言われる「Waltz for Debby」を始め、駄作がないと言われる彼のトリオ録音は、いま聴き返しても感銘を与えてくれる。
ワタシは、ピアノ音楽が好きで、ジャズではとくに50年代の黒人ピアニストによる“ブルージー”で“ドライヴ感”あるサウンドを贔屓にしていてよく聴く。 中でもウィントン・ケリー、トミー・フラナガン、レッド・ガーランド、ハンプトン・ホーズといった“濃い系”のアーティストは学生の頃から随分聴いた。 一方で白人系のジャズはあまり聴かないのだが、たとえばマイルス・デイヴィスの1959年の名盤「Kind of Blue」に登場するビル・エヴァンスは、いわゆる“白人音楽”と一線を画する孤高独特の存在感を放っているように思う。
彼はその「Kind of Blue」ライナーノートに自らの音楽作法について書き残しているが、“Improvisation in Jazz”と題したその一文で彼は、即興芸術としてのジャズを、日本の水墨画の創作プロセスに重ね合わせて語っている。 今から50年以上も前の、この極めてチャレンジングな音楽と日本文化に対するリスペクト。
今となっては確かめることはできないが、ビル・エヴァンスはおそらく日本の文化に造詣が深く、日本をとても愛していたのではないだろうか。そう思うとなおのこと、30年前にコンサート会場で出会うことができなかったことが悔やまれてならない。

Photo_2ビル・エヴァンスの死を伝える1980年9月26日の朝日新聞

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コメント

zapさん、お久しぶりどす。
朝日新聞の「ギル・エバンスの間違いではないか」ってのは凄い言い方どすな。
ビル・エヴァンスは物凄く歯並びが悪くて歯を見せて笑うことがなかった、なんてまことしやかに言われてますがホンマかいな。
この人もヘロインなんかやってなかったら肝臓悪くして命を縮めることも無かっただろうけど、あの演奏ができたかどうか。今となってはそんなこと考えても空しいだけですが。
最後まで治療を拒み続けて、ドラムスのジョー・ラバーバラが病院に担ぎ込んだ時にはもう手遅れも手遅れだったそうです。
ジャズ・ミュージシャンはどうして早世する人が多いのかなあ。ヤクのせいかなあ。

投稿: 赤壁周庵 | 2010.09.12 19:38

周庵先生,まいどです。

ビル・エヴァンスもご多分に漏れずクスリに蝕まれていたようですね。
ジャズに限らず“燃焼系”ミュージシャンは早死にする傾向にあるんでしょうか。
ジャズ系筆頭はチャーリー・パーカー御大。古典系代表はモーツアルトにシューベルトどすか。
一方その時代で長生きと言えばヨゼフ・ハイドン。
そして,NHK-FMで毎週土曜にその生涯の音楽を語り続ける吉田秀和サン。
もうすぐ100歳にもなろうかという先生のディスクジョッキーは素敵です。

zap

投稿: zap | 2010.09.12 20:25

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