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2010.01.23

鉛筆を、使ってみれば。

Photo最近、原稿用紙に手書きで文章を書く機会があり、ここは鉛筆の出番と思い立った。エンピツ。そう言えば最後に使ったのがいつ頃なのかも思い出せないほど、長いこと手にしていない。会社ではもちろんのこと、家でもごくたまにシャープペンシルを使うことはあっても、昔ながらの鉛筆を使うシーンはまずないし、そもそも身の回りから消えてしまっている。
そこで、自宅近くの100円ショップへ行くと結構な品揃えに驚いた。1ダース入ったお買い得系のものや昔懐かしい「トンボ鉛筆」3本入り、赤や青の丸い色鉛筆のほか、関連商品では何種類もの鉛筆削りや消しゴム、チビたときに使う延長パイプ=補助軸、エクステンダーと呼ぶらしい=まで、100円で買える鉛筆関係グッズが山ほど売られていた。
Photo_2トンボの「2B」鉛筆と、手回しハンドルのついた超ミニサイズの鉛筆削りを買って帰り、さっそく削った鉛筆を手に原稿用紙に向かった。30年以上は手にしていなかっただけに、鉛筆自体の触感と軽快さ、そしてなんとも懐かしいその香りに、鉛筆しか使っていなかった小さいころを思い出した。
これも変なハナシだが、あらかじめパソコンで用意した原稿を見ながら、清書気分で鉛筆で原稿用紙一マスずつ文字を埋めていく。そうすると、文章を推敲しようとする気持ちと、文字をきちんと書こうとする思いが重なり、普段パソコンのキーボードで作文するガサツモードと明らかにちがう“覚悟”が鉛筆を持つ構えに生まれるように感じた。
鉛筆はいわゆる「とめ・はね・はらい」といった文字表現ができることにくわえて、筆圧の加減で線の太さや濃淡をコントロールすることができるので、ボールペンやシャープペンシルでは表現しきれない独特の“表情づけ”が可能なこともあらためて認識した。

日本語の文字はひらがな、カタカナにくわえ“象形文字”系の漢字で成り立っているので、文字や文章を「かたち」で表現したり「絵柄」として楽しんだりする文化が古くからあるように思う。昨今、墨や毛筆の魅力が取り沙汰され、書道がちょっとしたブームになっているらしいが、日本古来の手書き文字を楽しむ文化に手軽に応えることのできる『エンピツ』は、もっと見直されていいのではないだろうか。

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コメント

zapさん、こんばんは。

何日か前に見た新聞記事によると、普段の物書き手段が何であるかによってノーミソの劣化速度が変わって来るのだそうで、劣化の激しい順に
ケータイ>パソコン>手書き
なんだそうです。
何だかあまりにステレオタイプなお話で、眉に大量の唾をつけて読んだのですが、何月何日の何新聞だったか、さっぱり憶えていないところをみると、ワタシもケータイメールやらパソコンのやり過ぎで「脳天壊了」状態なのかも知れません。(^^;;;

社会人になるまでは、私も鉛筆を肥後守で削っては使っていました。シャープペンシルなんて実に唾棄すべき存在でした。

小学校では今も鉛筆を使っているようで、娘の鉛筆の頭(削ってない方ですね-貧乏削りはしてません)が歯型で一杯になっているのを見て、ヤツもずいぶんストレスを抱え込んでいるんだなあ、と察せられました。パソコンは齧る訳にゃ行きませんわな(ケータイなら齧って壊すかも)。
そんなデコボコした鉛筆を感慨とともに摑み上げると、何をしやがったのか軸のところが水飴系のネトネトだらけで、ウッと息を詰まらせ、次いでコノヤロー、と叫んでいました。
「星の王子様」の書き出しじゃないけど、かつて自分が子供だったことを忘れてしまっているようです、ワタシも。

投稿: 赤壁周庵 | 2010.01.24 16:38

赤壁周庵さん。

1894年生まれのワタシの祖父は、50代後半から99歳10ヶ月で死ぬ直前までの約40年間、ハガキの日記をほぼ毎日手で書いていた、元祖ブロガーみたいな人でした。
この習慣がボケ封じになっていたのは間違いないです。
従って、これからは「手書き入力のパソコンで毎日ブログを書く」のが脳味噌を劣化させないキメ手、どす~

zap

投稿: zap | 2010.01.25 23:03

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