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2009.03.08

土門拳を、みてほしい。

2日本を代表する写真家、土門拳。その生誕100年を記念する写真展が三越本店があったので行ってきた。
土門拳と言えばその圧倒的なパワーを発するおびただしい数の写真作品とともに、絶対非演出のリアリズムという“名言”を遺して1990年に80歳で世を去った不世出の写真家だ。こうして土門の作品群をあらためてじっくり見てみると、入魂という言葉が彼の徹底したプロとしての生きざまとともに強烈に伝わってくる。
土門はしばしば木村伊兵衛と比較される。両氏は、数多くの名作を遺した現代日本の写真作家としての双璧という評価に今も揺るぎはないが、写真という仕事と向き合うときの構えが対極にあるという意味においても“両雄”と言っていいのではないだろうか。
土門の言う非演出という点においては異なることはないが、土門の場合、被写体に内在するチカラを一旦自らのパワーとして取り込み直し、フィルムと印画紙に全力投球かつ直球で徹底的に焼き込む。木村伊兵衛は被写体のチカラを一旦自らに貯め込むことなく、カラダと一体化したライカに狙ったシーンをダイレクトに吸い込み、あまり力むことなくライツのフォコマートで手際よくプリントを仕上げていく。事実と異なるかも知れないが、ワタシは、二人の写真という仕事に対する姿勢は、そんな基本的な違いがあったのではないかと思っている。

三越の展覧会で観た250点を超す土門の作品群は精選されたものとは言え、氏の仕事の価値を知るためには充分なボリュームであり、クォリティーだった。とくに、自らの手で焼いたいわゆるヴィンテージプリントである『風貌』の各品群は、経年変化でやや褪せたトーンになっていたものの、撮影から印画の仕上げまでの一貫した品質への拘りを知るためには充分なポテンシャルを保っていた。
Photoもうひとつ感銘を受けたのは、戦前の早稲田大学と東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)の卒業記念アルバムのために撮影された作品。戦渦でつまずく前のおおらかな学校生活と、斬新な構成による美しい写真からは、若い日の土門拳の被写体に対する愛情と、代表作『古寺巡禮』にも劣らない画づくりに対する執念を感じた。
写真展には多くの年配者が詰めかけていたが、ワタシはこれから写真を志す多くの若い人たちに、土門作品をオリジナルプリントでじっくり見てほしいとあらためて思う。

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