« 鎮魂、秋葉原。 | トップページ | 初、遠近両用メガネ。 »

2008.06.22

ひとり、桜桃忌。

Photo雨に濡れるアジサイのイメージが「桜桃忌」と重なる。太宰治の誕生日であり心中遺体の見つかったこの命日イベントも梅雨只中のこの6月19日で60年目を迎えたとか。高校からハタチ前後の頃までは世のご多分に洩れずワタシも太宰に耽った時期があった。大人へ移行するための精神的ストレッチには手頃な文学。そんな価値観をいまだに保ち続け、多くの若い人に支持されているというからその凄味はやはり本物なのだろう。ある時期を境にぱたりと読まなくなったものの、若い頃ひと通り読んだ太宰作品のエッセンスのいくつかは、今もココロの中に生きているように思える。

高校から予備校へ通っていた頃は中央線の西荻窪に住んでいたので、井の頭公園やその裏手の玉川上水は散歩コース。太宰を読んだ勢いで彼の入水自殺をした玉川上水沿いの鬱蒼とした小径を歩き、遺体発見現場である明星学園側に掛かる新橋まで行けば気分は最高潮。墓のある三鷹・禅林寺まで行かずとも太宰を偲べる“ひとり桜桃忌”も今となっては懐かしいセイシュンの一頁か。

Photo_2ワタシが太宰に惹かれたのは、確かに頽廃的なダザイワールドの魅力そのもの、いや、「デカダンに傾倒することのかっこ良さ」に浸れるところにあったのかも知れないが、今もってココロの中に残っているのは、『晩年』や『人間失格』『斜陽』など代表作と言われる作品よりも、寧ろ『女生徒』とか『饗応夫人』『皮膚と心』などといった、女性を主人公とするユーモアのセンスが光る短編だ。また、そんな中でのマイ・ベストを敢えて挙げれば1942年の中編『正義と微笑』。太宰にしては珍しく若い青年が一人称で明るく語る日記小説。太宰本人の後書きによると、Tという実在する歌舞伎俳優の少年時代の日記をもとにした創作のようだが、挫折を繰り返しながらも学生から舞台役者への道を力強く歩む青年の姿を描ききった、とてもチャーミングな一篇だ。
ワタシはこの『正義と微笑』を、自らの「青年から成年へ」の過渡期を象徴する記念本として今も大切に思っているとともに、明るく優しさに満ちた太宰の一側面であり本質を伝える一級の作品だと思っている。

【写真】
■梅雨にピッタリの紫陽花(我が家のガクアジサイです)
■お宝『正義と微笑』昭和22年弘文社刊初版本

|

« 鎮魂、秋葉原。 | トップページ | 初、遠近両用メガネ。 »

コメント

zapさん、じめじめした天気が続きますね。

「桜桃忌」は、もう何年か前に最後と銘打っていたように思いますが・・・困ったときのWikipediaによれば、生誕90周年にあたる1999年からは、出身地である青森県金木町では「太宰治生誕祭」と名を改めた由。

ところで、「桜桃」の書き出しに、旧約聖書詩編第121、「われ、山にむかひて、目をあぐ。」が引用されていますが、これ、口語の「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。」(新共同訳)では引用する気にもならなかっただろうなあ、なぞと埒もないことを、じめついた空気を吸いながら考えたりしています。

投稿: 赤壁周庵 | 2008.06.28 22:14

赤壁周庵さん
太宰の墓が三鷹の禅林寺にある以上は「桜桃忌」は止まないでしょう。
鴎外先生の墓と対峙する様子も、太宰ファンにはシビレるんだと思います。
太宰には『生誕』よりも『忌』が似合うのかも。。

投稿: zap | 2008.06.29 18:33

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ひとり、桜桃忌。:

« 鎮魂、秋葉原。 | トップページ | 初、遠近両用メガネ。 »