« デジカメと、古典写真。 | トップページ | カラヤンのこと。 »

2008.05.11

記憶最深のネガ、発見。

1自分にとっての最も古い記憶。そのひとつは3歳の頃の自宅の窓からの眺めだ。中央線中野駅前に今も建つ4階建てぼろアパートの3階。風呂などモチロンない6畳と4畳半二間の賃貸アパートに親子4人で暮らしていた訳だが、幼稚園に行く前のワタシの最大のお楽しみと言えば、中野駅のホームを頻繁に通る国電を自宅の北側窓から朝から晩まで眺めること。当時ワタシは、家にいれば一日中、新宿方面から中野駅1番ホームに勢いよく入線してくる茶色の“ゲタ電”を飽きもせずに眺めていたのだ。昭和30年代の中野駅付近には高層の建物など全くなかったため、自宅のあった団地の3階からは、長閑な昭和の景観が随分遠くまで見渡せた。今では見ることのできない東京の広い空と騒々しく走る国鉄の電車。それがワタシの一番古い記憶としてキッチリ残っている。

2この連休、神戸の実家へ帰った折、親が撮りためていた古い写真のネガをたまたま見ていたときのこと。昭和34年と書かれたネガケースの中に、まさにワタシの3歳当時の自宅の窓から撮影した3~4コマの写真を見付け、オッと思った。そこにはまさに記憶の一番奥に閉まってあった情景がそのままクリアに記録されていた。手前にはまだ2本しかない中野駅のホーム。駅の北口には『ミリオン』と書かれた怪しげなダンスホールの看板。その向こうには警察大学のクラシックな校舎群が写っている。今は画面中央あたりに建つ中野サンプラザなどの気配すらない。

Photo同じ頃のネガケースにまたまた面白いコマを発見。1959年4月10日、現天皇が皇太子の頃に行なった結婚式のテレビ中継シーン。ネガの前後を見ると、どうやら当日このテレビ特番を観るため、狭いわが家に大勢の親族が遊びにきていたようだ。

Photo_2普及し始めのテレビジョンという新メディア。“戦後”が終り、新時代の幕開けと感じとられた成婚イベント。一方で、趣のある建物や煙たなびく煙突がそこここにあるしっとりとした風情の街が残っていた。東京はこの5年後、オリンピックという祭りの開催を期に、その姿形を全速で変えていくことになる。

【写真上から】
■昭和34年の我が家からの眺め
手前は中野駅 今は画面中央あたりに中野サンプラザが建っています

■同じく池袋方面の眺め
結構緑が沢山ありました

■皇太子成婚イベントTV中継
我が家の初代TVは「コロムビア」製でした

■テレビを観に親族集まる
左は父とワタシです

|

« デジカメと、古典写真。 | トップページ | カラヤンのこと。 »

コメント

zapさん、ご無沙汰してます。
「皇太子ご成婚」ですか・・・負けました。アポロ11号の月面中継画面を写した写真は実家にありましたが、1969年7月のことで、ご成婚の10年後ですね。
それにしても、あの月面からの中継はおそろしく不鮮明だったなあ・・・ついでに、縁側に出て、父親とオリンパスペンでお互いの写真を撮りっこしましたが、父親が写した私の写真の方が、私が写した父親の写真より遙かに鮮明だったのもよく憶えています。

投稿: 赤壁周庵 | 2008.05.13 20:31

アポロ11号の中継もなんじゃこれのヒドい映像だったですけど眠気マナコでわくわくでしたね。その2年前1967年の世界初の衛星中継TV放送「アワ・ワールド」も殆どボケボケでしたが、早朝4時頃だったかに観たジョン・レノンの"All You Need Is Love"生収録は感動だったな~。仕掛け、演出、音楽・・・すべてが新しかった。でも、月面着陸といい、ビートルズの生放送といい、日本人の起きている時間にやってくれないので卑屈になってました。

投稿: zap | 2008.05.13 22:44

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 記憶最深のネガ、発見。:

« デジカメと、古典写真。 | トップページ | カラヤンのこと。 »