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2008.04.26

デジカメと、古典写真。

Img199「写真術」が発明されて200年ちかく経つが、今ほどカメラのシャッターが沢山押されている時代はないそうだ。その立役者はもちろんデジカメ。フィルムが主役の頃は「一コマいくら」なんて節制モードで撮影していたものだが、感材がメモリーカードに置き換わったとたん、シャッターを押すという行為にストレスを感じる必要はなくなった。しかも最近では秋葉原の安売り店を探せば4GBのコンパクトフラッシュが3,000円程で買えたりする。写真撮影を事実上タダで楽しむことができるようになったことで、誰もが空気のように写真を撮り、その楽しさに気づくチャンスが急速に増えてきたということだろう。
そんななか、ブームとして見逃せないのがファインアートとしての写真に対する日本人の意識レベルが一昔前とは比較にならないほど高くなってきているのではないか、ということだ。先週まで東京駅至近の「大丸ミュージアム」で開催されていた写真展『20世紀の巨匠たち』へ赴いて、ほの暗い会場に集められた“古典写真”の数々に見入るスズナリの来場者を見て感慨を新たにした。
エドワード・ウエストン、アンセル・アダムス、アンドレ・ケルテス、ユージン・スミスといった、標題どおりの20世紀写真界のビッグネーム14名の代表作を集めた写真展で、展示作品の殆どが写真集等でお馴染みのものばかりな訳だが、あらためて彼ら渾身の作品を至近で鑑賞すると、巨匠の手になるモノクロ・シルバープリントの凄味と素晴らしさを強く感じずにはいられない。特にワタシのお目当ては20数年振りに拝んだウイン・バロック(Wynn Bullock-1902~1975)のエイト・バイ・テンのコンタクトプリント作品。20代の頃その美しさに衝撃を受け、ウエストンやアンセル・アダムスのプリント技術でさえも凌駕するのではないかと思えるほどの見事なヴィンテージ・プリントは、半世紀を経てその光彩は衰えないばかりか、奥行き感に乏しいカラーデジタル画像の洪水にマヒしかけているワレワレにとって“目覚まし”であり“バイブル”と言ってよいだろう。
Bullock_real39撮影そのものの楽しさや記録画像の面白さを体感するためのデジカメの貢献度は計り知れない一方で、写真の美しさや深さを知るために“古典作品”の意義も極めて大きい。昨今ようやく日本において写真美術館がいくつも開設されるようになり、若い人も含め絵画同様に大枚を叩いてオリジナルプリントを手に入れることが特別ではなくなってきたのは喜ばしいことだ。デジカメの興隆が写真の裾野を広げ、そのなかで写真本来の素晴らしさに迫ろうとする人が少しでも増えるのであれば、その価値は大きいと言える。

■Wynn Bullock“Child in Forest”1951

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