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2007.08.12

夢の、超特急。

いま、大阪出張帰りの新幹線車内にいる。新大阪始発の『のぞみ150号』は大阪の喧騒を抜け出し、程なく茨木、高槻の長閑な街を静かに駆け抜ける。帰省ラッシュ直中の筈だが、上りの新幹線車内は自由席含めガラガラだ。山崎あたりの夕暮れの低い山並みを車窓左側に眺め遣るうちに電車は音もなく減速、程なく京都駅へ到着。いつものことながら、この大阪-京都間を駆ける新幹線の速さはスゴイと思う。

20050520185550新幹線が東京-新大阪間で開業したのが1964年。ちょうど東京オリンピックが開催された年だ。新幹線開業前に親に連れられ東京と神戸を何度か往復していたワタシにとって、長距離列車の雄は、東海道本線の特急『こだま』だった。『こだま』は当時東京と大阪の間を6時間半程で結んでいた筈だが、これは『のぞみ』が走る前の『ひかり』の所要時間のほぼ二倍。7時間近く掛かるということは、その前後の移動時間まで含めれば、事実上は殆ど半日費やすということ。実感としては移動だけでその日は終り、と言ってよく、ワタシは子供心に東海道の列車旅は楽しいけれど、けして楽じゃないナ、と感じていた。

東海道新幹線開業直後の『ひかり』は、まだ試運転的なモードだったのだろうか、東京-新大阪間を4時間以上掛けて走っていたと記憶している。が、広軌の線路上を走る真新しく大柄な『ひかり号』のスピード感とその乗り心地は、時代の最先端を走る、まさに“夢の超特急”だった。『ひかり』はその後程なく現行とほぼ同じ3時間10分運転となり、通常営業の列車で長い間世界一の速さを誇ることとなる。

時代は下り『のぞみ』が登場。そのとき驚いたのはその速さよりネーミングだった。『ひかり』より早い新幹線電車の登場は何となく予想はしていたが、その愛称が『望み号』とは少々脱力。しかも、3時間少しの所要時間が30分短縮されることがそれ程スゴイ事なのか、と当初はややその意義に懐疑的だった。
が、実際に何度か『のぞみ』を利用して感ずるのは、3時間超と2時間半とが時間感覚的に結構違うのではないか、ということだ。その理由を合理的に説明できないのだが、例えば映画やTV、或いはコンサートや舞台、果ては宴会に至るまで、ワレワレがひと続きの行為として程良いと感ずる、或いは我慢のできる長さは2時間半ぐらいまで、なのではないかと思う。それらが3時間を超えるようだと、いわゆるダラダラ感がでてきて、退屈なものに感じられることが多くなるように思える。
仮に3時間と2時間半との間に「退屈の壁」とも言えるモノがあるとすれば『のぞみ号』はそのニンゲンの時間感覚を巧みに取り込んだ輸送サービスとして、高付加価値と言ってよいだろう。

翻り、22年前の今日、東京から大阪へ飛行中のジャンボジェット機が墜落大破し、大勢の帰省客や出張者の命を奪い、その家族を失意の底に落とした。この乗客は、新幹線『ひかり』の半分以下の移動時間という価値を求め日航123便に乗り込んだのだろうが、事故は結果的にその期待を永遠に裏切ることとなる。航空ビジネスは未だ、開業以来40年以上無事故を誇る新幹線というサービス事業に較べ、安全という価値提供において、優位性を示せずにいる。

Imgp4242日頃何気なく乗っている新幹線だが、人の移動に掛かる時間と安全とのバランスを考えるとき、速さと安全性を巧く両立させているこの発明品の意義の大きさにあらためて感服する。

よそ見をしながらこんな駄文をモノしているうちに『のぞみ』は静かに東京圏へ突入。京都の手前でオンにしたパソコンも、バッテリーがあがることなく大人しく動いている。「快適で便利」とは、結構奥深いものなのかも知れない。

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コメント

「夢の超特急」ずいぶん懐かしいネーミングです。「ユメノチョートッキュー」が固有名詞であるとひたすらに思い込んでいるイナカ者であったワタシには、「夢の超特急」は東海道新幹線ではない、何か「夢の」超特急でありました。従って、客席から窓外を見ても景色は流れに流れてもはや景色の体を為していないに違いない、と思い込んでいたのですが、高校の修学旅行で初めて乗り込んでみると(もう山陽新幹線も開業していました)こはいかに、窓の外には一点凝視すら可能な光景が広がっていて、いささかならずがっかりしたことでした。

ところで本文最初の絵がエイトマンのオープニングであることに何人のお方がお気づきであろうか・・・

投稿: 赤壁周庵 | 2007.08.23 22:05

赤壁周庵さん。返答遅れて済みません。
エイトマンのオープニングは、このマンガの主題曲をカラオケで唄える人ならだれもが知っているのでは?
昔、エイトマンがひかり号と並走しているのはどの辺りだろうかと真剣に考えてましたけど、この絵を描いた絵コンテ作家氏は、恐らく在来線ではよくある、ナントカ本線と並走する道のことをモチーフにしたんでしょうが、新幹線ではエイトマンが全力で走れる道と並行している場所はないんではないですかね。
エイトマンがタバコを吸って、その吸殻を犯人のクルマのタイヤに投げ、その軌跡を後から追っかける、というのがヤケにカッコ良かったけど、今ではTVでタバコを吸ったり、ましてや吸殻ポイ捨てシーンなど、絶対オンエアできないんでしょうね。
いずれにしても、長閑な時代でした。

投稿: zap | 2007.09.01 17:15

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