« 東京遺産、しょん横。 | トップページ | 30年目の命日に思う。 »

2007.07.01

1959年の、カラー写真。

Img174親族が一枚の古いカラー写真を贈ってくれた。写っているのは母親と姉、そして幼稚園に入園する前のワタシだ。今から48年前、1959年の8月。ところは姫路の親戚宅前。写された記憶など全くない3歳の頃のワタシと家族の様子が、鮮明なカラー画像で残っていたこと自体に感動した。

昭和30年代に生まれたワレワレの世代では、子供の頃の写真と言えば大抵が白黒写真だ。当時カラーフィルムが市販されていなかった訳ではないが、フィルムだけでもかなり高額だった筈で、現像やプリントに掛かる費用を含めると、普通の個人がカラーで記念写真を撮るのはかなりムリスジだったのではないだろうか。初期の「フジカラー」はASA(今のISO)32という低感度であったうえ、ラチチュードは狭く、粒状性やシャープネスも昨今の製品に較べれば相当劣るものであり、出費の割には必ずしも満足の得られるシロモノではなかったように思う。

一方、昭和40年代に入ると世はカラーブーム。火付け役は勿論「カラーテレビ」だ。既にテレビ受像機は大方の家庭に行き渡っていたように思うが、『ひょっこりひょうたん島』や『ジャングル大帝』などのカラー草創期の名番組を色付きで観ることのできた家庭はごく限定されていた。かのウォルト・ディズニーがホスト役を務める米TV番組『ディズニーランド』をカラーで観たいために、当時ワタシの住んでいた団地で恐らく唯一カラー受像機を保有していた友人宅に上がり込み、照明を落とした6畳間で彩色のディズニーアニメに感動した記憶がある。
その当時からワレワレの中に「白黒は古い時代の遺物。カラーこそ次世代のスタンダード」という意識が、このTVの変革のお蔭でかなり強く植えつけられていく。そして、この通念が写真の世界でもそのまままかり通るようになって現在に至っているのではないか。

今では白黒写真と言えば、色を棄てた表現をアートとして捉えた場合にのみ採用する、言わば「敢えてモノクロ」の時にしか見ることのできない手法となってしまった感がある。しかも、デジタルが席捲し、銀塩写真の得意領域であるシャドウ(暗部)階調表現の醍醐味も、取り沙汰されることが稀になってきたように思う。

カラーとモノクロ、デジタルと銀塩はどちらが進んでいる、どちらが優れているという議論自体あまり意味ないだろう。いま、数十年前には考えられなかったような写真表現手法の潤沢な選択肢をワレワレは手に入れた、と考えてはどうだろう。

時代の「色」が塗り込められている古いスナップ写真。高価なカラーフィルムを選択した親戚カメラマン氏は、50年近く経った今になって、家族とワタシに新鮮な感動をプレゼントしてくれた。

|

« 東京遺産、しょん横。 | トップページ | 30年目の命日に思う。 »

コメント

色がよく残りましたね?

 白黒写真でもセピア色に変色してる筈ですよね・・・?デジタル再生したんと違う?と、思うほど色が残っていますね。驚愕です。

若い姉のようなお母さん、お姉ちゃんとお母さんは同じ素材で手作りやね。当時はそうだったんですね。

投稿: jo | 2007.07.02 14:01

joさん。
カラーとは言え、確かに後から着色したような色調です。が、れっきとしたカラーポジフィルムから最近焼いたプリントで、原版には所々にカビがついていますが、色彩と鮮明さを充分保っているところがオドロキです。フィルムは西ドイツのアグファ社製だそうで、当時の高度な技術力が偲ばれます。・・・ワタシの服もたぶん親の手作りだったようです。

投稿: zap | 2007.07.03 00:03

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1959年の、カラー写真。:

« 東京遺産、しょん横。 | トップページ | 30年目の命日に思う。 »