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2007.06.24

東京遺産、しょん横。

Imgp4985中央線と縁遠くなってからというもの、殆どうろつくこともなくなった新宿。久々に仕事がココで終わった週末、直帰するのも無粋かと思い、懐かしい呑み屋街『新宿西口商店街』へ向かった。通称である『しょんべん横丁』のほうが通りがよいこの一角は、自らは『焼き鳥横丁』『思い出横丁』という看板を掲げた、まさに焼き鳥のケムリと思い出の充満した左党ゾーンだ。
30数年前。自宅のあった西荻窪から代々木の予備校へせっせと通っていた頃、10代のワタシはここの常連だった。と言っても無論酒を飲んだくれていた訳ではなく、お気に入りの定食屋が幾つもあったからだ。一膳飯屋と言われる、おそらく東京以外では滅多にお目に掛かれない風情の定食屋。カウンター上に所狭しと並べられた大皿やバット状の容器に盛られたおかずを好きに注文して、自分オリジナルの定食を目の前にする楽しみは格別だ。

Imgp5000_1当時よく入っていたのが『やぶ天』というカウンターだけの小さい店。呑み屋街の只中にありながら、早朝から開いていて、ココはおかず類もさることながら「コメの飯」がとても美味だった。また、そのトナリにある『つるかめ』も当時から営業している定食屋だが、やぶ天と違うのは酒が呑めること。久々の先週末は迷わずこの『つるかめ』のカウンターに腰掛け瓶ビールを傾けながら、予備校時代と殆ど変わらない賑やかで独特の『しょん横』風情に酔った。

終戦直後の昭和20年代にこの場所で始まった複数の焼き鳥店がココの起源だそうだが、駅前再開発の名のもとに味と活気のある呑み屋街、商店街が次々に消えていくなか、願わくは、このままの風情を可能な限り残してもらえないものかと思う。
東京では、新橋や荻窪の駅前にあった飲食店や商店が駅前ビルの地下に街のカタチだけそのままのして“移設”された例が多くある。この新宿西口商店街も1999年に発生した大火災を契機に再開発ビルの具体化が加速していて、ここ数年のうちには新しいビルの中に『横丁』が復刻されるのだそうだ。

Imgp4991ほろ酔いのカウンターから外を眺めていると、大勢の外国人観光客が興味深そうに通って行く。ケムリと思い出の染み込んだ古くて小さい店々では、年寄りから若者までが入り交じって仕合わせそうな顔で酒宴を楽しんでいる。
一日の乗降客数が世界一(!)と言われる新宿駅。そのニンゲン吸引力のひとつが、この東京遺産とも言うべき『西口商店街』なのではないかとすら思った。

『新宿西口商店街』ホームページ
http://www.shinjuku-omoide.com/

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