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2007.05.20

釣銭に、二千円札。

20001先週、御徒町の老舗焼き鳥店に初めて入り勘定を済ませた時のこと。釣銭に2000円札が混ざっていたので一瞬「オッ」と思った。今も流通していたのか、と思う一方で、これはなかなか優れた販促紙メディアだな、とも思った。
一見客への釣銭として、この滅多にお目に掛かれない紙幣を渡すことで、何となく上客扱いしているようで悪い気はしない。受け取った後も何故か“ここぞ”と思う場面になるまで使わないで置こうとするため比較的長くサイフに残る。サイフの中のレア紙幣を見る度に貰った時の様子が思い出され、その店の記憶がより強く刻まれる。2000円札以外の紙幣では起こりそうもないこの不思議な“効能”は新発見だ。がしかし。他の通貨に対するのと異なるこの“特別感”が、2000円札の流通を阻む原因の一つになっているようにも思える。

眠る2000円札、日銀にどっさり7億枚

これはたまたま5月14日の読売新聞に載った記事のヘッドラインだ。この記事によると、日本銀行が製造した2000円札約9億枚のうち現在市中に流通しているのは約1.5億枚程だそうで、その8割以上が未だに日銀の倉庫に眠っているとか。『日銀は「保管場所に困っているわけではないが、なぜこれほどまで使われないのか、正直なところわからない」と途方に暮れている。』日銀を紙幣という製品を製造するメーカーと捉えるならば、この在庫のヤマは、マーケットにいま一つ受け入れられなかった賞味期限切れ商品の不良在庫と言えるのかも知れない。
西暦2000年に引っかけて2000円札を仕込むというある意味おフザケな企画だったこともこの紙幣の存在感を希薄にしているようにも思うし、買い物の支払い時に、相手が1000円札と間違わないようにいちいち「二千円札ですヨ」と断らなければならない気にさせるのも、この札を使う、つまり流通させるための阻害理由になっているように思う。

2000円札が発行された翌年だったか。企業向けのWeb構築業務を担当していたワタシは、縁あって日銀の公開Webサイトの新企画を担当させて頂いた。これは、普段あまり見学できない日本橋本石町にある日銀本店の中をパソコンで巡って、その歴史や仕事を紹介する、というもので、この『バーチャル見学ツアー』は今も日銀のホームページで公開されている。
この新規サイト構築のために打ち合わせや取材で足繁く同行へ通っていた頃、2000円札が発行されて丁度1年が経過していた。仕事を担当頂いた日銀マン氏から、金庫に2000円札がまだ大量に保管されていると聞き、じゃ下さいっ! と思わず言い掛けたが、2001年になって、その時既に新紙幣の新鮮味が薄れ掛けたことを感じた。因みに、日銀マンの給料は現金、つまり“現物支給”の場合があるそうで、沢山の2000円札で月給を受け取ったこともありました、と苦笑いしていたのを思い出す。

Photo_172000円札のA面には沖縄の守礼門が描かれていることで観光PRに繋がるとの期待が持たれ、沖縄県内では金融機関を中心に組織化された『流通促進委員会』の策が功奏し、2000円札の流通量が年々増えているとか。特定の紙幣の流通を促進させるキャンペーンが行なわれること自体面白いが、2000円札そのものを「販促ツール」として活用することで、その流通量も増えていくように思うのだがどうだろう。

■上は2007年1月10日の琉球新報記事

■2007年5月14日の読売新聞記事
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20070514mh16.htm

■日本銀行 バーチャル見学ツアー
http://www.boj.or.jp/tour/index.htm

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