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2006.08.13

甥と呑む中央線。

Imgp3277ワタシにとって、姉の大学4年生の息子と呑むのは大きな楽しみの一つだ。自身を含めジジババ化している親族との付き合いなかで、若い世代とバカ話しを心置きなくできるチャンスは普段乏しいからだ。この甥にとって、当面の悩みは就職口に何とかありつくこと。

就活売り手市場だとか、どうやって内定を断るか、などといった新聞記事を最近しばしば目にする程、企業による大学生の争奪が激しくなっているという。いわゆる2007年問題とか、深刻な少子化、就職してもスグに辞めていく若者たち。唯でさえ市場の変革に追われる企業にとって、活きのいい働き手を確保できるかどうかは、以前にも増して死活問題なのだろう。

Imgp0255事実、甥の通うK大の所属するゼミでは、内定を10社以上も確保している強者が居るらしい。社会に4年遅れでグズグズ出て行った彼の伯父サマのスタイルを倣うが如く、4年遅れでなんとか来春卒業のメドがたったモラトリアム大学生の甥にしてみれば、最近ようやっと1社勝ち取った銀行の内定は嬉しかったに違いない。まだいくつかの企業や役所に挑んだ結果は出ていないと言うが、珍しく甥からの誘いを受けて、就活報告会を懐かしい中央線・西荻窪にある焼鳥屋『戎(えびす)』で決行した。

中野にある都立高校に通っていた頃住んでいた西荻窪。高校を出て成人してもなお予備校通いをしていたワタシの落ち着き場所の一つがこの『戎』だった。若いクセに妙に老成気分を追っていた浪人生にとって、タバコを燻らすオヤジ達に囲まれてビールを呑みヤキトリをつつく格好は、今にして思えば若気の背伸びでもあったのかも知れない。しかし、未だに訳識り顔でビール呑み鳥皮を齧るスタイルからミジンも脱却できていない自分を振り返るとき、当時から幾程の進歩があったんだろう、なんてすら思ってしまう。ちょうど今の甥のと同じ年の頃のことだ。

昨晩の『戎』の懐かしいカウンターで焼酎を酌み交わす甥との遣り取り。当時のワタシ同様、行く先の社会への漠然とした不安を抱きつつも、妙に大人びた議論を先導する様子に少し安心感を抱いた一方で、ハタチそこそこの人間が発散するはずの若々しさが足りていなかった自分の様子と今の甥の様子が見事ダブって見えてしまう。いや寧ろ、その当時からさして進歩していない今の自分よりも甥は随分大人びた考え方をしているようにすら思えるのだ。

Imgp3870それぞれの歳に相応の考え方を持つこと。そして歳とともに人間として相応の進歩をしていくこと。アタリマエと思われがちなそんなことが、ニンゲン案外バランスよく行なわれないのかも知れない。などとまたまた訳識り風のことを思いながら、親子程も年齢の離れる甥と焼酎呑みながらムキになって激論を交わす、暑い中央線の宵だった。

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コメント

最近、よく高校の頃を思い出します。

何をやっていたのか考えてみると、何も変わってない。勉強が仕事に変わったぐらい。何かにはまったらそればっかり追いかけて時が過ぎてゆきます。

違うのは、時の過ぎ方が5倍ぐらい速いこと。取り返しのつかないことが多くなりました。

投稿: negi | 2006.08.13 19:57

negiさん
コメントありがとう!
そう。じつは高校の頃と日常に対する立ち向かい方の本質は何も変わっていないと思う。
大学行って社会に出て20数年経つけど、確かに“所作”が勉強から仕事に変容しただけで、キホンは何も変わっていないのかも。
高校生活でインプットされ、塗り込められた人間性のようなものは、ある意味自分のチカラでは変えることのできないハダの色、みたいなものなのかも知れない。
それだけ楽しく鮮烈な3年間ではありました。

投稿: zap | 2006.08.14 00:29

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