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2006.07.17

山の香りと水の味。

Dscn1408東京近辺に住んでいると、日本のどこでも普通に体験できる「山を眺めながらの生活」から縁遠くなる。それでも中央線沿線に居た頃は、晴れた日には奥多摩の山々や富士山が案外近くに見えたが、千葉最北エリアの今の棲み家からは、残念ながら山は望めない。

山を眺めることも好きだが、山に分け入ることも好きだ。
中央線住人の頃は気が向けばよく奥多摩へ行った。御岳、大岳、川乗、六ツ石、鷹ノ巣、七ツ石や数馬あたりの低い尾根をそれぞれ目指して一日掛けて歩くのが定番。たった一度、2,000mを超す東京最高峰の雲取へ、山小屋一泊してチャレンジしたこともあるが、私にとっての山歩きの目的は、山を「制覇する」などという大仰なことではなく、単に山が放つ空気=香りに浸り、岩の隙間から流れる湧水で喉を潤してリフレッシュするため、ぐらいのものだ。

千葉にだって、山は、ある(はず)。だが、棲み家のある千葉の山の名前をひとつも言えないのは、いくら千葉歴4年の短さを差し引いても、少し情けなく思う。調べれば、千葉県で最も標高の高い山は、他都道府県の最高峰の中では“突出して”低い408mの愛宕山という山だそうだが、譬えその程度の山であっても、自宅の近場に1日チョイ歩きのできるような山がないのは、やはりちょっと寂しい。だから、今の私にとって、山の空気を吸いたい、などと思い立ったときに比較的気軽に行くことのできる山のひとつは、筑波山だ。

筑波山へは自宅からクルマで2時間弱。利根川、小貝川を越して研究学園都市を抜け、ほぼ直線の綺麗に整備された県道をするりと抜ければ、程なく筑波山にぶつかる。広い関東平野を睥睨するように聳える独立峰。都にも比較的近く、その明け透けでおおらかな山容は何だか微笑ましい。関東では古くから西の富士に対峙する東の銘山として、千数百年前に編まれた、かの「萬葉集」(!)にも何篇か収録されている程、長い間親しまれているのも納得できる。梅雨空で湿った山の香り。深呼吸すれば肺の中のみならず、脳髄の細部までに「気」の濃い酸素が充填されたような気分だ。

筑波山へ来た理由はもう一つ。我がクルマのトランクに目一杯積んだ空のペットボトルに山の湧き水を満たして持ち帰ること。

Dscn1409筑波山神社から風返峠を越え、県道・月岡真壁線の湯袋峠を越して少し下った所にある湧水がお目当てだ。 『真壁(まかべ)の湧水』と名付けられたこの湧水は、まさに岩の隙間から滾々と湧き出るミネラルウォーター。車道からも近いとあって、近所の人が家族総出でポリタンク担いで汲みに来る、地元では有名スポットだそうだ。順番待ちの夫婦は、地元・真壁町の料理屋さん。この筑波山の湧き水は円やかなうえクセが全くないため、毎日のように汲みに来て料理に使うのだそうだが、こうも言っていた。
客商売は、こういう「こだわり」が大事なんだ、と。

美味しい山の水を沢山積んで後輪が随分沈んだ料理屋さんの自家用車を見送りながら、夕暮れのほの暗い山中で、いつかTVプロデューサーのおちまさと氏がコラムで書いていたフレーズをふと思い出した。

大勢の人のココロを掴むための仕事の定規。それは「こだわり」と「サービス意識」。
三連休明けの明日からの仕事。忘れちゃいけないのは、やはりコレですよね!

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