2012.01.22

コダックがつぶれたワケ。

Kodakカメラ小僧にとって、コダックの黄色のパッケージは羨望のマトだった。 無け無しの小遣いの中、カラースライドでキメたいときは、「エクタクローム」や「コダクローム」をカメラに詰めると、それだけで写真が巧くなったような気分にさせてくれた。 モノクロフィルムも「トライX」の高性能が光った。 高感度でありながら粒状性と精細度が高く、同社の現像剤「D76」で指定どおりの処方で現像すれば、ヌケの良いとてもプリントし易いネガ原版が得られた。 コダックは、常に写真業界の最先端を拓き、そんな一級品の数々を全世界に100年以上にも渡って供給し続けた。
ところが、フィルム事業に集中し過ぎたことがアダとなり、デジタル技術で完全に置き換わった映像市場で孤立し、破産法を申請し倒産した。 皮肉にも、デジカメを発明した当のコダックが、企業変革に失敗したことになる。
コダックは「フィルムを使わせる仕組み・仕掛け作り」にも長けていた。 現像ラボ装置、指定処方の薬品、独自規格のフィルム開発やそのライセンスビジネスといった普通にはあまり見えないゾーンへの注力に加え、「エクター」といった写真スタジオ向けレンズや、「レチナ」に代表されるアマチュア向けのコンパクトカメラは、その高い品質において、コダックのブランドを支えるに充分なポテンシャルを持っていた。
ただ、本業のフィルムにこだわるあまり、成長の芽となる事業を手放し、品質で追いつく富士写真フィルムなどの日本のライバル会社を提訴劇で抑え込もうとするなど、なり振り構わず“保身”に走り、結局チカラ尽きた、ということなのだろう。
コダックが疲弊する中、日本のカメラメーカーは圧倒的な高品質で世界を席捲し、「フジ」や「サクラ」の国産フィルムメーカーは、いち早く本業から舵を切ってその強みが活きる新事業や多角化で、変革の波を乗り切っている。
英和辞典にも載っている“Kodak”。 カメラファンの思い出にしか残らないブランドとなってしまっては、本当に惜しいのだが。

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2012.01.14

歌川国芳展で感じたこと。

1六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで、幕末の浮世絵師・歌川国芳の作品を集めた一大イベント「没後150年 歌川国芳展」が開かれているので行ってきた。 ワタシはもともと同じ「歌川」姓で「風景の広重、武者絵の国芳」と称された、これも同じ1797年生まれの二人の絵師の仕事には大いに興味を持っていて、オリジナルを観る機会があればゼヒ行きたいと思っていたので、願ってもないチャンス。
会場へ行ってみてまず驚いたのは、その盛況振り。 休日とは言え、チケット購入に延々と並び、会場に入るまでに小一時間掛かったのは予想外。 しかも、来場者の年齢層や性別が実に多彩で、とくに若い人の多さには正直驚いた。
2次に驚いたのは、国芳作品の数。 展示作品リストによれば、その数400点を超え、小さくない展示会場だが、期間中に一度掛け替えを実施し、前期と後期に分けて紹介するという念の入れようだ。
そしてビックリの本命は、その膨大な国芳作品それぞれの持つ圧倒的なインパクト。 着想と筆致の凄さ、緻密かつ細微でありながら、大胆な構成とデザインバランスがカンペキの一言。 日本人の“仕事”に対する徹底した拘りが、図画という平面芸術の中で最大限に息づく様子を目の当たりにした思いだ。 そして、感心したのは、とかくおどろおどろしくなりがちの浮世絵だが、国芳はどんな重く暗めの素材を手掛けても、明るく力強くポジティブな作風に変換してしまうマジックの天才だということ。 いやひょっとして、幕末のお江戸ってートコロは、明るく力強くポジティブな文化・風俗で溢れていたんだろうな、とあらためて思う。
Photo国芳展への大勢の観客は、彼の作品そのものを観て感動したいと思っているだけではなく、そんなパワー溢れる江戸の世に思いを馳せて、“不安”や“怯え”の脅威に晒されている現代生活からの解放を願っているのではないかと感じた。

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2012.01.07

シチリア島で、年越し。

Photoこの正月は生まれて初めて国外で迎えた。 会社勤め30年記念を口実に、地中海に飛び出た“長ぐつ”で蹴飛ばされているシチリア島をメインとする南イタリア年越しツアーに参加。
イタリアは世界遺産の登録物件数が世界一という歴史満載の国だが、充実の食材に彩られた飲食の世界、古くは「ストラディバリ」 に代表する名工が造るレベルの高い工業製品、そして、海に囲まれた豊かな自然、と、日本によく似た文化・風土を持っているように思う。 緯度も日本とほぼ同じで、気候差もあまり感じることなく、とても良い旅だった。
Photo_2Photo_3旅程1日目に行ったナポリ近くのカプリ島「青の洞窟」も、冬場は9割方ムリだろうと言われていた小舟での入洞も叶い、その美しいブルーを体験することができた。その後、アマルフィ海岸、マテーラ、アルベロベッロ等の世界遺産を経てフェリーでシチリア島へ。 年越しはこの島の東海岸タオルミーナの宿で過ごすことになった。 地中海から登り立てのシリウス率いる「冬の大三角形」を仰ぎながらの“年越しスパゲティ”とワインでほろ酔いになっていると、程なく大晦日は新年へ。 そして元旦は期せずして地中海から昇る初日の出を拝むことができた。
その後、シチリア州都パレルモやローマ時代の遺跡が美しく遺るアグリジェントなどを巡り、8日間はまさに“あっ”と言う間だった。
Photo_4Photo_5冬場とは言え南国のこと、市場を覗けばレモンを始め柑橘果物が溢れ、梅によく似たアーモンドの花はすでに満開だった。 噂にたがわない陽気なイタリア人。 国旗の配色が象徴するかのようなカラフルな“色”の印象。 奥深く、美しく、そして美味しいイタリア共和国に乾杯!
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2011.12.25

写真のボケを楽しむ。

Photo最近写真を撮るときに使うことの多い小型デジカメやケータイはとてもキレイに写る反面、たとえば、手前の人物から背景まで全体にピントが合い、奥行き感の乏しい平板な絵に仕上がってしまうことが多い。 これは、カメラの撮像素子、つまりフィルムカメラでいうフィルム、人間の眼の網膜に相当する部分のサイズがとても小さいため、いわゆる被写界深度が深くなることで起こる現象だ。
一方、普段はアタリマエ過ぎて気づかないが、眼でモノを見たり景色を眺めるとき、注視している「視点」以外の大部分はボケボケだ。 でもこれでヒトは日常困ることはなく、却って自然な見え方として感じ取っているように思う。
ワタシは最近、写真をより自然に美しく撮るため、この「ボケ」にこだわる絵づくりにあらためて興味を持つようになった。 これは、見た目に近い自然な絵が撮れるということだけではなく、背景のディテールなど余計な要素をあえて抑え、写しとる対象やテーマをより鮮明に浮き立たせるため有効と思うからだ。
Photo_2この「ボケにこだわる絵づくり」はどうやら日本が元祖らしく、欧米の写真投稿サイトを眺めると、確かに全面にピントの合った、いわゆるパンフォーカスな写真が多く見られる。 が、近年の日本製高級カメラ向けレンズの大口径化も手伝ってか、世界のカメラマニアもこの「ボケ」に興味を持つようになったとか。 事実、ボケを絵づくりとして効果的に使う手法を英語で“Bokeh(=ボウケェ)”と言うそうで、もちろんこれは日本語の「ボケ」がそのまま英語化したもの。

Photo_3先日買ったデジタル一眼カメラ用のオリンパス製レンズ「ZUIKO 12㎜ F2.0」は、広角レンズながら、口径も大きく、絞りを開けて撮ったときの背景のボケ方が実に美しい。 もちろん、ピントの合った部分の描写も素晴らしく、普段使いのズームレンズと較べると、「やはり固定焦点レンズの勝ち!」と思ってしまう。
このオリンパスのレンズを付けて家の側で撮ったスナップ写真をご紹介。 モノクロも良い味が出て面白い。 ちなみに、このレンズを手に乗せて撮ったレンズはパナソニック製の「LUMIX 14㎜ F2.5」で、これも美しい描写をする。 で、たった焦点距離2㎜の差しかないこんな二つのレンズを立て続けに買うワタシは、ほとんどビョーキ、かも(^^)
Photo_4メリークリスマス!

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2011.12.12

筋金入りの、ローカル線。

Photo_6Photo_7急に冬らしくなった週末の一日。 紅葉はもう終りかと思いつつ、房総半島内陸をブラリ小旅行。
ワタシの住む千葉県は首都圏でありながら、今も非電化・単線のローカル鉄道が健在だ。 最近では古風な駅舎を見学するツアーが組まれるなど、「鉄道遺産」が人気を博しているとか。 房総半島の内陸を貫く「いすみ鉄道」と「小湊鐵道」(「鉄」ではない!)もレトロ鉄道ファンを惹きつける懐かしい雰囲気を随所に残している。
「いすみ鉄道」は1930年に全通した木原線を1988年JR東日本線廃止に伴い引き継いだ第三セクター方式の鉄道事業会社。 一方の「小湊鐵道」は大正から昭和初期に掛けて敷設された古い私鉄。
地図を見れば、東京湾の内側に位置する五井(ごい)駅から外房の大原まで半島の内陸をクネクネと曲がりながら一本の線路でつながっているように見えるのだが、その二つの鉄道は上総中野(かずさなかの)という駅を境にして接続するカタチになっている。 取り立てた街でもない場所にぽつんとあるその駅へ行ってみると、駅舎もホームもレトロ感満点! 改札口のない木造の駅舎を抜けると、そこにはいすみ鉄道と小湊鐵道それぞれの乗り場へ案内する表示盤が掛かっているだけで、モチロン無人駅だ。
Photo_8Photo_9クルマで訪れたため、折悪しく気動車にはお目にかかれなかったが、まるで鉄道模型のジオラマを見ているようなその見事な風情に感動してしまった。 時刻表に目をやると、いすみ鉄道の便は一日に9本。 小湊鐵道に至っては午前と午後にそれぞれ二本ずつの計4本しかこの“終点駅”にまで気動車がやってこないという、筋金入りのローカル線。 そして、鉄路をよく見ると、この二つの軌道は物理的に完全に分断されていた。 つまり、経営はもとより相互乗り入れの歴史などない、近くて遠い関係を長年続けてきた“ワケアリ感”も充分漂わせていた。
Photo_10小湊鉄道の駅舎でもうひとつ風情のあるのが上総鶴舞(かずさつるまい)駅。 大正時代の開設当初の駅舎がなかなか可愛く素敵で、TVドラマやコマーシャルフィルムのロケにもたびたび登場しているとか。 人けのない駅前広場には、美しい銀杏の木が黄色の葉をたっぷりとまとっていた。

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2011.11.26

談志さんのこと。

Photo始めワタシはこの人の本業が落語家であることを知らなかった。 今から40数年前の小学生の頃。 マンガに浸り、テレビ漬けの日々を送っていたワタシは、NHKテレビの『まんが学校』は毎週欠かさず見ていた。 マンガの巧い描き方指南役であるやなせたかしさんを先生に据えたこの番組の司会進行役が立川談志さんだった。 談志さんの番組の進め方、洒脱なコメント、そしてカッコいい風情に惹かれ、ワタシは小学生ながら「スゴイ司会者」と思った。
当時、今も続く超定番番組『笑点』も当時欠かさず見ていたのだが、やはり司会の談志さんの仕切り方、当意即妙な掛け合い、そして洒落たオチの付け方に、やはりタダモノではないと感じだしたちょうどその頃、「落語家・立川談志」を知った。 その後談志ファンになったワタシは、社会に出てから立川流一門の高座にしばしば出向くことになる。
談志サンの落語家としての仕事で一番印象深いのは、1993年にフジテレビの深夜枠で放送していた『らくごのピン』。 当時まだ駆け出しの談春や志らくをはじめ、真打ち昇進直後の昇太やら既に大御所然としていた小朝、立川藤志楼こと高田文夫サン、そして贔屓の志の輔などなど多士済々。 もちろん家元の長講も堪能できる豪華な構成だった。
『らくごのピン』は公開録画のため、ワタシは会場の深川江戸資料館ホールでの収録に何度か出向いたことがある。 目的はもちろん談志サンの芸を至近で観ること。 が、家元はしばしば予定の時間に現われなかった。 弟子たちは師匠がいつ来てくれるのかわからない不安な中で緊張の高座を務める訳だが、この風情そのものが立川流独特の“師弟愛”のように感じた。 「まだ来やがりませんので・・」志らくのぞんざいなセリフが、師匠へのリスペクトに溢れていた。
ある時、収録の本番が始まってもなお、某所で酒を呑んでいたという談志サン。 何とか収録ギリギリの時間に会場に現われ、ほろ酔いで一席演ったのはいいが、放送コード越えの単語を連発し、実際のオンエアでは「クチパク」が何か所も入っていた。

2談志サンが亡くなり、新聞に何人もが天才落語家の至芸と破天荒な人となりを偲ぶコメントを載せていた中で、桂米朝サンのひとことが光っていた。「むちゃを演じていた」。
ワタシは、談志サンの凄みは、自らが落語の世界を演じていたことにあったように思える。 落語という芸そのものや弟子そして聴衆に対する愛情。 番組の進行役や司会者としての細やかな気配り。 そして、「ことば」に対する拘りは、ムチャを演じ豪放に映った生きざまとは逆の、談志サンの才気であり人となりだったように思えてならない。 そして、高座でも司会者席でも、ふとしたハナシの間合いに見せるチャーミングな笑顔が忘れられない。

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2011.11.13

オリンパスが、好きだ。

Pop10_eePop12_fデジカメ黎明期の今から10数年前。 ワタシは縁あってオリンパスのデジタルカメラ拡販のためのプロモーションサイト企画・制作に関わっていたことがある。 オリンパス社からは、いろいろと難しい注文がつけられることもあったが、時代の先端を行く仕事に関われること、そして何より自分自身がオリンパスカメラの昔からの愛用者だったこともあり、気概に溢れたオリンパスのスタッフとの仕事は楽しかった。
オリンパスのカメラは、その性能だけでは語れない独創性が大きな魅力。 とくに“ペン”に代表される小型・軽量と、他社にはマネのできないようなデザインと使い勝手を実現するメーカーとして、異彩を放つ。
ワタシは、小学生の時に「オリンパスペンEE」を与えられ写真に興味をもったのが事始め。 当時はまだ写真フィルムも高価だったため、気兼ねなく沢山の写真が撮れるハーフサイズのカメラはありがたく、その上フルサイズに負けないキレイな画が撮れた。 その後、中学ではハーフサイズ一眼レフの「オリンパスペンF」を、そして、高校では「OM-1」を使ってみたが、それぞれ高度な精密技術を随所に盛り込んだユニークで素晴らしいカメラだった。
その後、ペンタックスに始まりニコン、ライカ、マミヤとカメラ遍歴を重ねたが、今現在愛用しているのはミラーレス一眼の「オリンパスペンE-PL1」。 先日の写真展に出した作品もすべてこのカメラ撮ったものだ。
10代の頃から愛用してきたオリンパスに昔も今も共通する思い。 それは、小型・高性能・手頃な価格の製品を作り続けているということだけではなく、そんなユニークで価値あるカメラを創造し、ファンの心をつかみ続けることのできる高いポテンシャルを持つ素晴らしい会社だということだ。
昨今メディアを賑わす財テク失敗による損失隠し問題で激震のオリンパス。 誠実なメーカーとして連綿と重ねてきた信頼と評価を、こうした本業とは別の不正行為で失墜させることは、ひとりの製品ファンとしてまことに残念に思う。
ましてや、かつて仕事でお付き合いのあった皆さんをはじめ、世界トップレベルの技術陣を擁する社員の方々の無念さは察して余りある。
一日も早く経営陣による不祥事問題が片づき、ブランドに恥じない素晴らしい製品を発表し続けてほしい。

■写真は「ペンEE」と「ペンF」

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2011.11.05

『島日記』その3 【写真展再録】

P7170148P7170170【田代島】
宮城県石巻市の沖に浮かぶ田代島は“ネコの島”として有名だ。 漁を生業とする100人ほどの島民は、大漁の守護神である猫をとても大切にしている。 島民の数の二倍以上もいるという猫たちは、犬などの天敵と遭遇することもなく、この上なく平和に暮らしている。
東北の島でありながら、黒潮の影響で温暖な田代島。 そのため、南国の植物「タブノキ」の原生林が繁り、島内を一周する細道を往くと、ふと南国の離島にいるような不思議な感覚に陥る。 再び集落に近づくころの道端で、まるで人を気にしていないかのような猫に出くわした。 漁村へ出ると、そこは猫たちの楽園だ。 2010年の夏。 この約半年後に東北を襲った地震と巨大津波で田代島のある石巻市は大きな被害を受け、街は広い範囲で破壊された。
田代島の“ネコの風景”も変わったのかも知れない。
田代島より石巻へ船で還る夕刻。 日和山公園から登り見る夕陽に映える美しい石巻の街を思い起こすとき、その姿が再び眼下に広がることを願わずにはいられない。

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『島日記』その2 【写真展再録】

P1021732P1021724【大久野島・塩飽本島】
瀬戸内海には自然と歴史に彩られた数多くの島が点在する。 丸亀市の北に位置する塩飽本島(しわくほんじま)は、戦国時代には水軍が活躍し、江戸時代を通じてその末裔たちが江戸幕府より自治を許されていたという場所だ。 島の北側には水軍本拠を示す江戸の頃の古い街並みが美しく残り、往時を偲ばせている。 一方、広島県竹原市の沖合に浮かぶ大久野島(おおくのしま)は、太平洋戦争下の化学兵器製造拠点として、戦時中は地図から消されていた“毒ガスの島”だ。 島には今もなお化学兵器製造の関連施設跡が点在し、地下土壌からは高濃度のヒ素が検出されるなど、負の遺産を受け継いでいる。 また、大久野島は“ウサギの島”としても有名だ。 1970年代に地元の小学生により放たれたというウサギが野生化して、今では島中を元気に駆け巡っている。 ウサギが山の急斜面を駆け登る姿と悲惨な戦争の爪痕とのコントラストが、今の世の“平和”を映しだしているようにも見える。

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『島日記』その1[天売島・焼尻島]

【写真展再録】先日開催した展覧会で出展した写真をダイジェストで3テーマに分けご紹介します。***************************************************************************
『島日記』
日本には、六千数百もの島々があり、そのうち人の暮らす島が四百ほどもあるという。 そして、その多くの島には“歴史”と“顔”がある。 島には人々の生活があり、その魅力に惹かれ人が渡り、さまざまな動植物たちがそのいのちをつないでいる。 島々を取り囲む海。 それは、恵みをもたらしてくれる海であると同時に、美しくも過酷な自然そのものだ。 ときにはそんな自然や、人間が引き起こす戦争といった災厄に遭いながらも、島は平和と平穏を取り戻すつよい復元力を持っているように感じられるのはなぜだろう。 日本の、個性豊かな島々を旅するとき、そんな“島のチカラ”を感じる。

P8163495_2P8153342_2【天売島・焼尻島】
北海道にある人の住む5つの離島で一番目と二番目に小さなふたつの島。 日本海に浮ぶ天売島(てうりとう)と焼尻島(やぎしりとう)は、周囲10㎞ほどの大きさ、300人前後の住人、と、それぞれ似たところがあるものの、まるで個性を競いあうかのように異なる趣を持つ。 天売島は海岸に連なる断崖が海鳥たちの格好の棲み家となっている“海鳥の楽園”。 この島にしかいないという「オロロン鳥」をはじめ、「ウミネコ」や「ウトウ」といった海鳥たちが、島のいたるところで群れをなして飛んでいる。 一方、最も高いところでも海抜70メートルにも満たない平坦な島である焼尻島は、天然記念物「オンコ」などの深い樹木が繁り、綿羊がのどかに草を食む、原生林と牧草の島だ。
北国の離島ならではの静かで長閑な時間が過ぎていく夏の一日、天売島の小さな宿に泊まった。 四時台にも白みだす北国の夜明け前の水平線彼方へ目をやると、遠く利尻の島影が朝焼け空に浮かんでいた。

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2011.10.30

ありがとうございました。

1_2『四人展』には大勢の方のご来場をいただきありがとうございました。 お蔭さまで盛況のうちに無事終了いたしました。
昨年に引き続き二回目の開催ということで、作品づくりやご案内が満足に進まないのではないかと懸念していましたが、多くの方のサポートを得て、たいへん意義深く、思い出に残るイベントになりました。

16_2我々四人が作品を並べたのが「ギャラリーくぼた」の5階。 期間を同じくしてその4階で開催されていたのが「第13回 旧制静岡高校絵画展」でした。 旧制高校出身の方々による絵画展ということは、若い方でも昭和25年当時既に成人していたであろうことを思うと、皆さん80歳を超すご高齢。 それでもこうして作品を創作し続け、展覧会で発表されていることに感動しました。
10111023_2人生の大先輩たちが力まずにアートの生活を楽しんでおられる様子を見て、テーネン間近のオヤジ達とは言え、我々もちょっとやそっとのことで息切れなどしていてはイケナイなとつくづく思った次第です。
と言う訳で、次回の『四人展』開催は再来年の2013年2月。 同じメンバー、同じ場所で開催する予定でおります。

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2011.10.16

明日から写真展やります。

Photo職場で知り合った仲間4人による展覧会。 パステル画や水墨画、写真と、至って気まぐれな企画ですが、テーネン間近のオヤジ達の“渾身の作品”をご笑覧くだされば幸いです。

ワタシの出品写真は、昨年は『樹』がテーマでしたが、今回は『島』です。
昨年の夏。 気まぐれで渡った石巻市・田代島での光景に着想を得て、その後、瀬戸内と北海道の個性的な島々へ旅した折の記録も加え、日記風に構成してみました。

「3.11」に象徴される、自然や戦争がもたらす災厄に遭いながらも、島は平和と平穏を取り戻すつよい復元力を持っているような気がする。 島々を旅するときに感じたそんな“島のチカラ”を表現してみたいと思いました。

もしよろしかったら、観にいらしてください。
(会期中の17日、21日、22日、23日は会場にいる予定でおります。)

Photo_4Photo_5■『四人展2011~墨・パステル・写真の世界から~』
[佐藤貢・古川健治・蔦谷邦夫・梶山亮]
■とき:2011年10月17日(月)~23日(日) 11時~18時45分(初日は13時から・最終日は15時まで)
■ところ:ギャラリーくぼた ・5階 東京都中央区京橋2-7-11
(地下鉄銀座線京橋駅6番出口徒歩1分・JR東京駅 八重洲南口徒歩10分)

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2011.09.29

引っ越し、オークション。

2_3ひょんな理由で、8年間.ほど住んだ家から引っ越すことになった。 自分で建てた初めての持ち家ということもあり、この年になっての宿替えは少しサミシイ気持ちもあるけど、生まれてこの方13回引っ越してきた“放浪人生”でもあり、次のネグラはもっといい所と信じて、まずは身辺整理の日々。 ただ、今度の棲み家は今の家の半分ほどの床面積しかないため、ガラクタだらけの家をスリム化することが、至上命題だ。 そこで、長いこと納戸にしまい「そのうち使うかも・・」と信じていたものたちを、端から棄て去る日々が続いている。 がしかし。 それなりに大切にしていたものを、ゴミ収集車とともに葬り去るのも忍びないと思い、いくつかのお宝をヤフーオークションに出品した。

Dp2500_22_41_2迷ったのは、今から30数年前の大学入学時に買ったDENONのレコードプレーヤー『DP-2500』。(「デノン」ではなく「デンオン」!) 約20年振りにアンプにつないでLPを掛けてみた。“アナログ”な音が本当に美しく懐かしかったが、すでにこの大きな物体を置くスペースがないため、ヤフオクへ。
2つ目は10年ほど前に買ったテクニクスの『デジタルピアノ』。 これも“そのうち”の代表格だったが、場所とココロザシの二大制約は避けられず、ヤフオクへ直行。
3つめは、三洋電機社製の蕎麦打ち器『十割屋』。これも10年ほど前に「通販生活」で購入し2~3回使ったもので、ハコのまましまい込んでいて、いずれ使うかも、なんて思っていたなかなかのスグレものだったけど、これもヤフオクへ。
トドメが、ワタシが小学校3年の頃に入手して何故か度重なる引っ越しにも耐えてずっと持っていた『1965年 虫プロカレンダー』。 昭和40年代の手塚治虫サンの人気キャラで構成された、かなりなレアものだと思うが、ワタシなぞが死蔵しているより大切にしてくれる人に所有してもらったほうがいいと思い、ヤフオクへ。
さらに2~3点のモノを加え、それなりの落札価格でお譲りすることができたのだが、面白いことに、一番使い物にならないはずの『1965年のカレンダー』に最高値がついた。 ヤフオクパワーを、あらためて知った次第。

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2011.09.19

巨大な、祭壇。

Photo先週は仙台への日帰り出張があり、夕方早めの時間に仕事が終わったので急遽石巻へ行こうと思い立った。 昨年の7月。 やはり仕事で石巻の顧客先へ訪問した際に見たその街の美しさに惹かれ、いつかまた違う季節にでもゆっくり訪れようと思っていたのだが、この3月の大震災による津波で、石巻はその被災エリアで最も多くの死者と行方不明者をだすという極めて甚大な被害を受けた。 ワタシは、昨年7月に訪れたときに歩いた素敵な街の様子と、震災後に報道で目にする罹災した石巻の様子とを重ねることができず、いつか石巻を訪れて、昨年目にした美しい街がどの程度損なわれずにいるのかを確かめてみたいと思っていた。
仙台から石巻へのJR仙石線が未だ津波で寸断されているため、バス便で約1時間。 降り立った石巻駅付近は海からやや離れた場所のためか、建物の津波による流失は少なかったものの、地震の揺れでダメージを受けた家が結構あった。 石巻市中心部の丘陵地となっている日和山公園へ登り海側の街に目をやると、海岸線まで広がる土地は、建物が津波で根こそぎ持って行かれた、まさに壊滅状態。 3.11から半年が過ぎ、瓦礫こそ撤去された様子だったものの、津波の破壊力と、その無慈悲な巨大災厄に、あらためて震撼せざるを得ない。
Photo_2Photo_3日和山公園のそばの鹿島御子(かしまみこ)神社には海が見渡せる展望台のような場所があるのだが、そこからは津波でことごとく破壊され、道だけが残った「かつての街」が薄暗く静かに広がっているのが見える。 その展望台のあちこちには死者、行方不明者を弔う花が置かれ、山火事を避けるために線香を焚くことを禁ずるパネルが掲げられていた。 神社の鳥居に連なるその展望台は、あたかも大勢のひとの“むきだしの祈り”を受けとめる巨大な祭壇のように見えた。

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2011.09.04

写真展、やります。

P81634958月は色んなことがあったにも関わらず更新が滞ってしまい、久々の記事アップ。
お盆の頃に一週間休暇をとって、クルマにカメラを積んで北海道へ行ってきた。 来月、去年に引き続いて会社の仲間と一緒に京橋のギャラリーを一週間借りて展覧会を予定しており、その展示写真の取材兼ねて、独り旅をしてきた。
茨城の大洗からフェリーにクルマを積んで苫小牧へ。 今年のワタシの写真のテーマは『島』。 学生時代に札幌に住んでいた頃に行けなかった「天売島」「焼尻島」、そして最果ての「利尻島」と「礼文島」を巡ってきた。 あいにく天候がいまひとつだったものの、久々の北海道は美しい自然と美味しい味で歓迎してくれた。
津波で甚大な被害を受けた石巻の沖にある“ネコの島”「田代島」や、毒ガスと野生のウサギで有名な瀬戸内の「大久野島」など、昨年からすこしずつ撮り溜めていた素材に、今回の北海道の島々の光景を加え、50枚ほどの写真にコラムを付して全体を構成しようと思う。

P8163521P7170196もしよろしかったら、観にいらしてください。

■四人展2011~墨・パステル・写真の世界から~
[佐藤貢・古川健治・蔦谷邦夫・梶山亮]
■2011年10月17日(月)~23日(日) 11時~18時45分
■ギャラリーくぼた・5階 東京都中央区京橋2-7-11
(地下鉄銀座線京橋駅6番出口徒歩1分)

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