2009.11.15

新聞・雑誌の、未来。

P1010982仕事からの帰宅途中。通勤電車に乗り合わせた周りの人たちを観察していて気づくことは、最近ますますみんな新聞や雑誌を読まなくなったということだ。自分含め、移動中のヒマな時間に読む紙メディアと言えば日経新聞とせいぜい新書か文庫本ぐらい。あとはケータイを覗いていることが多い。山手線の座席一列に座った7人全員がケータイをにらんでいる、なんてことも希ではない。
このシーンは即ち、旧来の紙メディアの雄、新聞・雑誌ビジネスの衰退=大変革を現しているように思える。
紙離れが言われて久しいが、その傾向が加速すれば、講読収入のみならず広告販売も減り、不況による宣伝費削減が追い打ちをかけて、新聞社や出版社の窮状は今後ますます強まるだろう。
メディア不振を象徴する“事件”も起きている。大手広告代理店の電通と博報堂が09年度3月期連結決算でともに初の赤字を計上するというのだ。ともに100年を超える伝統ある広告会社が、まさに100年に一度の危機に陥っている。

紙メディア不振の理由を考えるとき、その事業モデル自体の「ムダ」に行き着くような気がする。例えば毎朝読む日経新聞。この40ページにも及ぶ日刊紙には、日本中のビジネスパーソンが知っておくべきニュースが日々山ほど盛り込まれているものの、実際に興味を以て読む部分はごくわずか。毎号新書本2冊分にも相当するという日経新聞の情報量だが、本文までキチンと読む記事はおそらく全体の1割にも満たないだろう。つまり、手にした新聞(紙)の9割以上を用もなく日々棄て去っていることになる。
雑誌に至ってはさらに深刻だ。新聞と雑誌の違いを表すキーワードは「定期購読」と「立ち読み」だと思うが、そのいずれもが雑誌ビジネス自体の脅威となっている。例えば週刊誌。ワタシもその昔は会社帰りに週刊文春や新潮を毎週のように買って読んでいたものだが、最近では中吊り広告で興味ある記事を見つけたとしても、せいぜいコンビニで1分間立ち読みして終り。350円という大枚をを払って雑誌を買うこと自体ムダに感じている。
ネットに比し速報性にも劣る紙メディアは、エコロジーの流れにも逆行しかねないその存在自体「ムダ」に依存したビジネスモデルとも言える。

情報を雑把に並べ立てて読ませるやり方は、ネット成熟期の受け手が求める情報獲得スタイルと合わなくなってきているのではないか。これはまさに、古風な百貨店ビジネスが衰退し、欲しいものを手軽かつ安価で手に入れることができることをウリにするユニクロやマクドナルドが不況期にもかかわらず増収を続けていることと重なる。
さらに、速報性をウリにしてきたTV等の電波メディアも赤字の例外ではなくなってきている。地デジ化への移行コストも今後その経営を圧迫するのではないか。

この先10年から20年後。新聞や雑誌と当たり前に接した世代が、ネットワークメディア主体の世代に交代するとき、旧来の紙メディアは消滅こそないだろうが、百貨店同様、業界の再編と業態の大変革は避けられないように思う。

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2009.11.08

デジイチを買った!

Kxその昔。商品広告のキャッチコピーに「決定版」という言葉がよく使われた。わが愛用の明鏡国語辞典によると『決定版。それ以上の修正や増補を必要としない最終的な書物・出版物。同種中で品質・機能などが最高のもの』とあり、以下の文例が示されている。
「デジタルカメラの決定版」

その昔。一眼レフカメラには「決定版」が各メーカーに存在した。日本光学の「ニコンF」、キャノンなら「F-1」、旭光学は「アサヒペンタックスSP」、ミノルタでは「SRT-101」・・・その後も改良が加えられ、さらに進化するカメラたちだが、各機種がリリースされた時はいわゆるフラグシップ機として高い評価と人気を博し、その後何年にもわたって支持され続けた銘機だ。

ひるがえって今。一眼レフの主流は完全にデジタルとなり、各メーカーは開発競争に凌ぎを削り、かつての「決定版カメラ」の息の長さとはまるで違うスピードで次から次へと新商品がお目見えする。決定版が出たと思ったソバから、さらに上行くハイスペック機が登場する。結果、どのタイミングでどの機種を買ったらよいのか思い悩んでいるうちに、機を逸してしまう。そんな状況が2~3年続いていたのだが、“マイ決定版”とでも言えるカメラが登場。ワタシにとっての初デジイチとなった。

それはペンタックスK-x。ポジショニングはエントリー機だが、ニコンDXフォーマットと同等のAPS-CサイズCMOSセンサーの付いた高機能小型軽量機だ。ワタシが気に入った理由。まずは手によく馴染んで操作性が良いこと。黒色一辺倒のデジイチと違ってボディーのカラーリングを選択できること。そして文字通り決定的だったのは小型軽量の単焦点広角レンズがラインナップにあったことだ。
デジイチ向けのショートズームレンズは、センサーへの入射角を拡げられないという光学特性上、小型の本体に比して大きくならざるを得なかったが、ワタシのような単焦点派にはコンパクトで高性能なワイドレンズはとても魅力的。とりあえずコレ1本あればまずはOK。という訳で、15㎜ F4、35ミリ判換算で23㎜のレンズでまずはスナップ初め。

フィルムカメラと違い『迷ってもいくらでもシャッターを押せる』ことの楽しさを、このワタシにとってのこの“決定版デジタルカメラ”が教えてくれた。

Photo■ハトのとまる木

Photo_2■バスの車窓から

Photo_3■昭和レトロなガード下

Photo_4■ブタカルビ店にて

Photo_5■煙たいガード下

Photo_6■緑の鉄骨

Photo_8■銀座のスクーター

Photo_9■秋晴れの利根川で

Photo_10■ススキの穂

Photo_11■ひも付きグライダー

Photo_12■利根川の月の出

Photo_13
■じっと手を見る・・・

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2009.11.02

個人輸入、初体験。

Photoアメリカのネットオークション「eBay」でどうしても手に入れたかったモノを競り落とした。それは、米国サンダース社製の大型イーゼルマスク。これは、来年8月に予定している写真展準備のため、自宅の暗室で大判モノクロプリントを焼き付ける際に必要となる金属製の印画紙固定器具だ。

世はデジタル写真全盛だが、ワタシはブローニー・モノクロフィルムの“空気感”をストレートに表現したいので、今回はフィルム原版同様、薬品を使った銀塩プリント、しかもバライタ紙での作品制作にこだわった。展示ギャラリーの幅約7mの壁面を飾るためには、そこそこに大判のプリントを何点か仕上げなければならないため、今回サイズは「小全紙」と呼ばれる16×20インチの印画紙に設定。しかし、そんな大きなサイズの印画紙に対応するイーゼルマスクは国産にはない。

そこで、ネット上であれこれ探していると、eBayオークションにズバリ16×20インチのサンダース・イーゼルマスクを、サンフランシスコのカメラショップが出品しているのを発見。無論中古だが、程度は“MINT”。しかも、マトモに買えば10万円近くはするはずのモノに、150ドルほどの値しか付いていない。これは買い!と思ってすかさずeBayにエントリーし応札したところ、既に10人の「仇」がいる。一応、落札上限価格を350ドルに設定し、競り終了まで様子見。米国のオークションサイトなので、競売終了が日本時間の午前4時8分だったのは参ったが、その30分ほど前に起床し、自宅のパソコン経由で地球上のどこの誰とも知れない相手とかなりマニアックなイーゼルマスク目掛けて争った。最後は、どうしても欲しそうな御仁一人とのデッドヒートになったが、最後の約5秒で競り勝ち、結局U$338也で落札した。

Photo_2競り落とした後は、メールの案内に従い「PayPal」という、eBayの子会社が運営するインターネット決済システムを使って出品者へPCで簡単に送金手続きができる。出品者へメールで送料と通関費用等含めた総額を問い合わせ、翌日決済完了。直ちに商品発送の連絡が入り、輸送会社のUSPS(日本の郵政公社に相当)から、発送や通関の状況が刻々メールで通知される、といった手際の良さ。ただ、モノはサンフランシスコを発って6日目に日本へ到着したのだが、そこから日本の通関手続きに9日も掛かってしまった。

欲しかったモノを手に入れたことに加え、今回、個人輸入が思ったより随分簡単にできることを知ったのは収穫だった。これも、モノを探す、問い合わせる、個人へ送金するといった一連の行為がすべて手元のPCとインターネットで完結できるようになったことで実現した訳だ。また、今は円高なので、ドル建ての買い物は結構割安感が期待でき“買い”かも。

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2009.10.25

最強の、調味料。

Photoワタシの父は中国の旅順、母は米国ハワイ生まれ。両親とも戦前の“外地”の獲れだが、それぞれの親、つまりワタシの4人の祖父母より先代は九州・長崎が本拠地。従ってワタシのルーツはコテコテの九州モンだ。にも関わらず、この九州特産の調味料のことを半世紀近くにわたって知らなかったのは不覚だった。

それは柚子胡椒(ゆずこしょう)。

先日、福岡への出張の折、帰りがけに博多駅近くでチョイ寄りした焼き鳥屋のカウンターに、小さな壺に入った見慣れないねっとり系調味料があった。店員サンに訊ねると「ユズコショウです。焼き物につけて召し上がってください。コレは何にでも合います」と。少量を試してみると初めて味わう味と食感、香りに正直感動。「胡椒」というのは九州の一部地方で青唐辛子のことをこう呼ぶんだそうで、材料はそれに加え、名称どおりの柚子と塩をミックスしたごくシンプルな構成だとか。なのに、それら材料同士がまるで化学反応でも起こしたかのように、シャキッとインパクトある味わい深い調味料に変身したように感じられた。しまいには、カウンターの柚子胡椒だけを肴に焼酎を呑んでいた。

後日たまたま品川駅のコンコースで九州物産展に出くわし、にわかにファンとなってしまった柚子胡椒ビンを見つけ即購入。家でいろいろな料理や食材と一緒に食べてみたところ、結論、何にでも合う! しかも、下手なダシやらミソと違い、食材や料理の味を損なうことなく、一挙にその風味レベルが5段階ぐらいアップする実感だ。
初購入のビンはスグ空になったので、通販で手に入れようと思い楽天市場で検索するや、九州の店が出るは出るは。これは流行る兆し、と見た。

ちなみにと思い、山口出身の友人に訊ねたところ、山口では食べないらしい。一方、博多出身の知人の話しでは、刺身、焼き魚、鍋、味噌汁などなど何とでも合わせるという。どんな訳あって関門海峡を越えなかったのかはわからないが、もっと全国で支持されて良い優れものだ。
香り、辛み、塩けという基本的な味わい3要素が単純に溶け合うことで、この“最強スパイス”が出来上がるのだろうか。

■写真■ご当地キットカットにも柚子胡椒味が・・・

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2009.10.18

栄養豊かな、フォトセッション。

Photo昨日は知人の案内を得て、写真家・前田晃氏の写真展で実施されたご本人によるギャラリートークに参加。写真好きのワタシとして、とても楽しく、充実のセッションだった。

前田晃氏は、風景写真の大御所である前田真三氏のご長男。父君の撮影助手を経て、風景写真家として独立し、真三氏の作風を受け継ぎながらも、独自の視点で美しい写真の数々を発表され続けている。
今回の写真展は、前田晃氏の作品に、父君真三氏と、なんと、秋山庄太郎御大の風景作品を加えるというたいへん贅沢かつ興味深いコラボ写真展だ。
会社同輩K君の高校同窓の友人Kサン、その大学時代の知人が前田晃氏というご縁で、いま南青山にある「秋山庄太郎写真芸術館」で開催中の『それぞれの四季-風景三人展』でのトークセッションに参加させていただいたうえ、前田晃氏をご紹介いただいた次第。

前田真三氏と秋山庄太郎氏は既に他界したが、その作品の数々は今も生き続けている日本写真界巨匠のお二人。一方、前田晃氏は現役ばりばりの写真作家。日本の四季をテーマとする三方それぞれの作品をじっくり鑑賞できたのみならず、その作風の違いを味わうことの楽しさに触れることができたのは大収穫だった。
また、最近では、展示写真をデジタル出力で作成することが多いようだが、今回の提示作品も全てがインクジェットプリンターによるものとの説明が前田晃氏よりあり、時代のトレンドにあらためて感じ入った。
とくに感心したのは、額縁の中で写真を押える厚紙の窓をナナメに切り取る「マット加工」を写真と同一の印画紙上に画像的に作り込む手法。これは種明かしをされるまで、まったくその“トリック”に気づかなかった。この技法を使えば、印画作成後、画材専門店のプロにサイズを厳密に指定してマット紙を製作してもらう手間が省ける。これも、デジタル化の副産物として面白いトレンドだ。

4_2ワタクシ、来年8月開催に向け、会社の同好の先輩諸氏と共に京橋のギャラリーでの写真展を画策中。被写体選びのコツや風景の切り取り方、プリントの仕上げから作品プレゼンテーションの技法にいたるまで、短い時間ではあったが、前田晃氏より伺ったお話しは、そんなワタシにとってたいへんな“栄養”となりました。前田さん、そしてご紹介いただいたKサン、こころより感謝です。


Photo_2■写真展会場には前田真三氏が往年愛用した4×5㌅判リンホフスーパーテヒニカが

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2009.10.04

ヒコーキ、こわい。

P1020001飛行機を使う出張など滅多にないのだが、先日福岡への日帰り出張の往路でたまたま乗ったANA機で冷や汗事件に遭遇。
飛行機が福岡空港に着陸した直後、駐機場への移動途中急に停まったので、順番待ちでもしているのだろうかと窓の外をぼんやり見ていたところ、機長から「当機は油圧系統のトラブルのため、この先を自力で進むことができなくなりました。牽引車が間もなくまいりますので、いましばらく着席のままお待ちください。」と、ややうわずったトーンであまり聞いたことのない類の説明アナウンス。と、1分も経たないうちに突然大きな消防車が数台搭乗機に向かって集まってきた。すると、機長から、さらにうわずった声で「消防車が待機しておりますが、火災発生の心配は一切ございませんのでご安心ください。」・・・そんなら消防車来るなよぉ・・・

1一瞬、一昨年の8月に那覇空港で起きたチャイナ・エアライン機炎上事故のフルカラー映像がアタマのなかで再生された。油圧系統のトラブル→消防車とくれば、誰だって次は炎上→丸焼け・・・という4コマが描ける。あーこんなところで蒸し焼きになるのはイヤだぁ~、と真面目に思ったが、そうこうしているうちに立ち往生のヒコーキはクルマに牽かれて至近の駐機場に到着。乗客は無事到着ロビーへ誘導された。外を見ると、ヒコーキの周りには数台の消防車と、ご丁寧にも救急車までが張りついている。ひょっとしてこれは相当ヤバイ状況だったのではないか、と思いながら到着ゲートの外に出ると、またまたビックリ。地元のテレビ局の取材クルーが何社か集まって乗客のインタビューを収録していた。

真相不明のまま、午後の仕事を終え、博多駅で買った夕刊紙を見てさらにビックリ。西日本新聞も日経新聞も、ANA機の事件を写真入りで報じていた。いわく全日空機から煙。オイル漏れで滑走路を封鎖・・・要するに、ワタシの搭乗したヒコーキは、なんと油を撒き散らしながら飛んでいたそうで、火はつかなかったものの、そのオイル漏れが飛行場の管制官から煙のように見えたんだと・・・
おいおい、それって丸焼け寸前ってことでないかい?!

大事に至らなかったからよかったものの、密閉されたヒコーキの怖さがあらためて身にしみた。そして、さらに怖かったのは、トラブルが起きた航空機の乗客には、ヤバイ情報は一切伝えられない、ということだった。

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2009.09.23

雲上の里へ、バイクツーリング。

Photo心配された台風も連休に遠慮するかのように逸れてくれたので、ここはやっぱりバイクツーリング。約1年ぶりとなる遠出を挙行した。

50歳を超えてからというもの、カラダのあちこちが老朽化。いや、カラダと別物と思っていたアタマも連動するかのように鈍ってきた。そんな心身にカツを入れるためにも、バイク転がしは効果が期待できるように思う。

Photo_2四輪と二輪。単に車輪の数が異なる乗りものではない。四輪車では、運転手はハコに入り込んで文字通り「手」(=ハンドル)でクルマを操るが、二輪車、とりわけ車重が200キロを超える大型バイクでは、両手両足のみならず、カラダ全体、とくに腰と首と眼を常に動かし、車体と一体となった制御が求められる。また、常に外気にあたるため、気温や天候の影響をモロに受ける。さらに高速やワインディングロードでの走行では、生身がさらされているので、危険に対するセンサーレベルは四輪の比ではない。
そんな二輪車運転の難儀さは、実はそれ自体が楽しさとなる。錆び付いたカラダやアタマへの刺激を与えてくれるのではないか。秋の休日、そんなことも思いながら、長野から静岡の山路を走り、森林の香りを思い存分吸ってきた。

いちばんのお目当ては、以前から一度行ってみたかった南信州の遠山郷というエリア。名峰・聖岳を仰ぐ西の斜面に位置する「日本のチロル」と言われる雲上の里だ。とくに、標高1,000mを超える山奥の40度ほどの急峻な傾斜地に50戸ほどが暮らす「下栗の里」は、あの深田久弥が絶賛したという美しい山村。
この遠山郷を折返点として、3日をかけて1,050㎞を走破してきた。

今回の旅のキーワードとともに、スナップ写真をご紹介。カラダとアタマの老朽化が、3年分ぐらい足踏みした気のする、バイクツアーだった。

■[いちばん上の写真]杖突峠から眺める茅野。ここから山路、杖突街道を経て伊那に抜ける。

Photo_3Photo_4■雲上の里、下栗。

平和な山村の風景がひろがる。
茶店で食べたおいしい蕎麦。

Photo_5Photo_6■隕石クレーター。

その昔、直径90mの隕石が落ちてできた日本唯一のクレーター跡が見られる。
その近くには天体観測者の集まる場所が。この一帯、さしずめ天文マニアの聖地といった趣。

Photo_7■遠山森林鉄道。

ナローゲージマニアにはおなじみの酒井重工業社製ディーゼル機関車と木造客車が、良い状態で保存されていた。

Photo_8Photo_9Photo_10■旧木沢小学校。

築77年の懐かしい木造校舎。廃校になった日のまま保存されている。家主のネコがひまで大アクビ。古い風景は、古いカメラで。

Photo_11■東海道。

浜松市の天竜川近くで。
こういう名前の道が今もあること自体、新鮮だった。

Photo_12■まんじゅしゃげ。


秋葉街道遠州森街にて。

Photo_13■天竜浜名湖鉄道。

戸綿駅付近にて。かつての国鉄・二俣線。
高校のころ、SL、C58のラストランを撮りにきたことを思い出した。

Photo_14Photo_15■いっぷく。

大井川上流の中川根町、
そして大井川鉄道の駿河徳山駅にて。

Photo_16■寸又峡の蕎麦。

山路ツーリングと蕎麦は切り離せない!

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2009.09.13

ビートルズ、マーケティング。

Photoザ・ビートルズの全オリジナルアルバムがデジタル・リマスターされてこの9日に発売された。現役時代からの“ビートル・マニア”のワタシとして、それを買わない、という選択肢はこの世に存在しないので、リリースが判った時点でHMVの通販サイトで予約したが、残念ながら未だ届いていない。

因みにと思い、発売当日、秋葉原のタワーレコードへ行ってみると、店の入り口にはビートルズの大看板。店内には特設の試聴コーナーが何か所も設置され、夕方の売り場では、既に売り切れ盤も出ていた様子。そして、レジには手にビートルズの新盤を持つ人の行列ができていた。あらためて、ビートルズ楽曲の人気を思い知る一方、その販促マーケティングの巧妙さにも感服する。

もともとビートルズ・アルバムのCD化は、CD黎明期の83年にその普及を狙ってSONYが「アビーロード」を発売したのが事始めだが、これは著作権処理に問題のあるフライング盤となり、回収騒ぎとなった超レアもの。その後、様々な音源のCD化が進むなか、ビートルズだけはなぜかCD化が遅れた。これも著作権契約がネックとなっていたようだが、87年にようやく実現するや、ファンの飢餓感も手伝って結果大売れした。
そしてさらに95年にはジョン・レノンの遺した音声を基に録音された新曲“フリー・アズ・ア・バード”をリリースし、メディアを巻き込んだプロモーションで映像ソフトともにバカ売れ。話題づくりの巧さはこの頃から加速したように思う。
その後、今からちょうど10年前の99年9月に、ビートルズ初のリミックス&デジタル・リマスタリング盤“イエロー・サブマリン~ソングトラック~”をリリース。音質の変貌ぶりとリマスターの威力に息をのんだ。
そして今回の全作品デジタル・リマスタリング。おそらく、件の“イエロー・サブマリン”がいわゆるパイロット版となり、ファンや流通の反応、デジタルメディアやリマスタリング技術の発達を10年間窺ったうえ、まさに満を持してのリリースということなのだろう。

ビートルズ楽曲というワン・アンド・オンリーの元ネタをベースに、間断ないプロモーション活動と品質(=価値)向上を併せた成功モデル。50年近くもムカシの音源が、マーケットと技術に支えられ生き続ける、究極のコンテンツビジネスと言える。

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2009.09.06

破天荒。

P1010861日本語は世界的に見ても難しい言語のひとつなんだとか。
複雑な文法構造をもつ言語は他国にも見られるのだろうが、古来の大和言葉をベースに漢語やら洋語を遠慮なく混ぜ入れ、壮大かつ複雑な日本語ワールドをつくりあげている。日本で50年以上生活していても、未だにかつて聞いたことのない言葉や、見たことのない漢字に出会うことがある。ネイティブでさえ難儀に感ずることがあるのだから、ましてや日本語を新たに修得しようとする外国人にとってはとてもやっかいな言語なのではないだろうか。

昨日の新聞を見ていて面白かったのは、文化庁の実施した「国語に関する世論調査」の集計結果。この調査は、全国の16歳以上の約2000人の面接調査により、語句や慣用句の遣い方を含む設問を投げかけたもの。
例えば『時を分かたず』や『破天荒』の意味を問う問いに対して、それぞれ7割近い人が「すぐに」、「豪快で大胆な様子」という意味だと答えたという。正しくは「いつも」「誰も成し得なかったことをすること」が正しい意味なのだが、ワタシ自身恥ずかしながら被験者7割の人が思う意味に捉えていた。
他に『敷居が高い』の意味を「高級過ぎて入りにくい」と、また『采配を振るう』を「正しい言い方」と答えた人が5割もいたそうだが、これらもワタシ含め「×」・・・
正解は「相手に不義理して行きにくい」「采配を振る」だ。

ここでハタと考えた。間違って意味を捉えている言葉は、そうと判った時点できちんと記憶の辞書を直さなければならないが、そもそも半数以上の人がその意味で使っている言葉は、既に誤用と言い切って良いのか、と。

『きめつける』という言葉があるが、これは元は『極めつける』と書いて「厳しく叱りつける」という意味だった。これが「一方的に断定する」に転じ、『決めつける』と書くのが自然な言葉となり、今では「勝手に決め込む」といった意味で使われることが多いように思う。

言葉の誤用が元でコミュニケーションそのものが阻害されては元も子もないが、そもそも言語は変化するもの。多くの人の言語感覚の中に自然に定義されていくのであれば、誤用とされてきた意味合いや言い方も、徐々に市民権を得てもよいのかも知れない。

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2009.08.30

国政は、企業経営。

P1010880国政を会社に例えてみた。
政治、つまり国の運営をつかさどる仕事に携わる国会議員は、会社で言えば取締役。立法と行政が分立しているとは言え、議会が優位にある議院内閣制が日本のシステムなので、政権を取った党の長となる首相は、国という会社を経営する代表権もつと同時に、大きい責任を負う社長さんだ。
一方、国民は、そんな社長さんの下で働く職員。官僚やら公務員といった“間接要員”と、ものづくりやサービスに励む“現場従業員”で構成されると言える。
日本は今日、これまで長く続いた自民党政権による“経営”の成果を、その全従業員による得票、つまり総選挙で問われることになる。

昨日の朝日新聞朝刊に気の利いた紙面があった。マニフェスト・ダイジェストと称して、自民、民主をはじめ各党が公約として掲げる内容のエッセンスが、財政やら景気対策、年金、医療といった懸案山積みのテーマごとに全面の表にまとめられていて、とても解りやすい。面白いのは、表の欄外に以下のような文章が書いてあることだ。
『このページは切り取って保存し、来年夏の参院選や次回の衆院選の際に、各政党の公約の進行状況と達成度をチェックする材料としてお役立てください。』

企業活動では、社長は経営戦略とともに目標を数字で掲げ、経営者や幹部社員はその達成度、成果に応じて報酬を得る。国政も企業と同様、政権公約で掲げた方針や戦略、数値に対して責任を負う訳だから、それに携わる議員さん、あるいは任命された国務大臣は、その達成度に応じて処遇が決定されるべきだと思う。

今回の選挙は、高い投票率が記録されるだろうし、新聞各紙の報道どおり、政権が変わるのだろう。これは、日本という会社で働く従業員が、一向に暮らし向きの良くならない社会を変えるため、「経営陣」と「仕組み」のリセットを望んでいるからではないだろうか。
これまで、“経営”に行き詰まりコロコロ替わった歴代社長サンやオウンゴール連発の現社長サン率いる政党に、どんな評価が下されるのか、も見逃せない。
新政権への過剰な期待は禁物だが、企業活動同様、競争原理がはたらいてこそ、改革・改善は望ましい方向に進むように思う。

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«モーツアルトの、新譜。